アキちゃんまとめ
かわいいあの子はお嫁に行ったよ。
フラワーシャワーを受ける彼女の笑顔は、以前は荒北に向けられていたものだった。それはきっと間違いない。荒北の自信過剰ではなく、確かに彼女の唯一は荒北で、そこに胡坐をかいてふんぞり返っていたのも荒北だったのだ。
披露宴で新郎と新婦が各テーブルを回ってキャンドルに火を点していくのを、坂道と鳴子がわいわいとはしゃぎながらカメラで追いかけていた。元箱学メンバーのテーブルにきたとき、彼女は――アキは――くるりとちょうど真隣に腰かける形になっていた荒北を大きな瞳で見つめながら笑いかけてきた。
「やすとも」
その四文字の響きが、どれだけ美しいものであったのか。荒北は今まで知ろうとだなんてしなかった。けれどもアキの唇から紡がれるその言葉が、いかに自分の心に水を与えていたかを思い知らされる。
「私キレイでショ?」
かくりと小首を傾げられて、誓いのキスも終わった少女の表情は柔らかく、希望の光に満ちている。
「あのね、私今とっても幸せなの。だから、もう安心していいよ」
アキの言葉は、最終通達だった。
荒北が何か言葉を発するよりも早く、アキの言葉は荒北の思考を奪っていく。福富は何も言わない。荒北のことをチームメイトだと、最高のアシストだと言っていた頃の自分たちからは随分遠ざかってしまった。今ここに、美しく変遷し始めている少女を挟んで存在している二人の男は、確かに彼女の愛を受けた人間なのだ。荒北は今までの彼女から。そして福富はこれからの彼女から愛を受け取る男なのだ。
アキは福富の腕に絡ませていた左手に、より一層愛おしげに力を込めて身体全体で寄り添う。その姿に新開がヒュウ! と声を上げて泉田に注意されている。
荒北の知っているアキはもうそこに居なかった。姿も声も何一つ荒北の知っている彼女であるのに、ただ一つ違うのは、その瞳が荒北以外を映しているということ。
「アキ、ちゃ、」
「今まで迷惑かけてゴメンね、ありがと」
より一層綺麗に笑った彼女は、それきり荒北を振り返ることなく隣のテーブルに移動していく。福富とアキの身長差は平素では三十センチ近くもあるが、ウェディング用のヒールを履いているために今は二十センチ無いほどまで縮まっている。福富の肩口の近くにふわふわと揺れる花嫁のベールはアキの細い首筋を守っていた。
福富とアキは元よりそうなる運命であったかのように寄り添い、しっくりとこの世界に収まっている。まるで荒北のことなど忘れてしまったかのように二人は振り返らない。当たり前だ。自分の行いを思い出してみろ。脳内の福富が荒北を叱咤する。その姿はあの暑い夏の日、最後のインターハイでの福富だった。
アキちゃん、俺はね。そうやって唇が動く。音にはならない。
――今更だけど、ちゃんとアキちゃんのこと好きだったヨ。
伝えるべき相手は、もう荒北の隣には居なかった。
※それならわたしとけっこんしよう、ルートの福アキちゃん結婚式に参列する荒北さん
2014/08/21