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アキちゃんまとめ

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それならわたしとけっこんしよう-10



昨日は結局、部屋で食べる予定だった夕食を変更してもらって、レストランで福チャンとご飯を食べた。福チャンはあれもこれもと私に勧めようとしたけれど、突然変更したのにもかかわらずきちんとしたコース料理だったから丁寧に断った。
私はママとママのお兄ちゃんに仕込まれているから、ご飯くらいはきれいに食べれる。それもイイ女の条件だってお姉ちゃんも言ってた。
福チャンは勝手に先に帰ってしまった私のことを怒るどころか、つまらなくてすまなかった、と謝ってきた。ついてくると決めたのは私なんだから福チャンが怒るところじゃないでショ、と口を尖らせると、太い眉毛が情けなく下がった。それはちょっとかわいい。
今日は朝ごはんも福チャンと食べた。福チャンは私の行動がよくわかっていなかったみたいで、始終不思議そうな顔をしていた。
私はもちもちとした麦芽パンをちぎりながら、もうこれからは自由にふるまってやろう、と思った。福チャンが私にプロポーズをしたんだから、私と一緒に居るところをパパラッチされたってかまうものか。私はパパとママの娘で、お姉ちゃんの妹で、それでいて一人の女なのだ。悲しかったら泣くし、悔しかったら叫ぶし、嬉しかったらちゃんと笑う。理想のお嫁さんはきっと、いつでもにこにこ笑っていて、私みたいにすぐ泣かなくて、大人しくて、美人なのだ。でも私はもう、理想のお嫁さんになんかならない。

ホテルを出るときに、私は福チャンを引っ張って庭園を越えた教会の方へと向かう。
ちょうど誓いの言葉を紡いでいるときで、小さな教会の扉は開け放たれていて、その向こうに真っ白いドレスとヴェールをまとった花嫁さんが見えた。私は確かにやすとものお嫁さんになりたかった。どんなドレスがいいかなって考えたことだって数えきれない。それでも、結婚式を考えるとき、私はいつも一人だった。
やすともは、決して私にドレスの種類の希望を聞いたりしなかったし、指輪のサイズだって聞いてこなかった。私が好きな季節も呼びたい人たちも、全部全部、やすともの頭の中には無かったのだ。
目の奥が熱くなってまた泣きそうになる。悲しいとか悔しいとか苦しいとか、そういう汚い心が全部流れ出てしまえばいいのに、と思った。でも涙の膜を薄く作っただけで、結局零れ落ちることは無かった。
アキ、と福チャンが私の名前を呼ぶ。きゅ、と一度唇をかみしめてから、私は口を開いた。

「あのネ、福チャン」
「……」
「私、きちんと福チャンが一番になるか分かんないし、やっぱりやすともが好きだったことは忘れられないし、きっと何かあったらやすともと福チャンを比べちゃうし、遠征先についてくのだって難しいことも多いし」

でも、と私はボストンバッグを両手で握りしめながら言う。隣に立っている福チャンの顔は見れない。私の視線の先では、今まさに誓いのキスが行われるところだ。

「わたしが、いま、寂しいとき、そばに居て欲しいのは、福チャンなの」

ぐい、と視界が突然動く。誓いのキスがされる瞬間、私は福チャンの腕の中に引き寄せられて強く抱きしめられた。三十センチ近くも違う身長差のせいで、私の視界の全部は福チャンになる。抱え込まれるみたいに腕を回されて、でも全然、これっぽっちも、嫌だなんて思わなかった。足元に放り出された二人分の鞄が私たちを見上げている。

「もう一度言わせてくれ」

ゆっくりと福チャンの胸に耳をつけると、心臓の音が聞こえた。とても早くて、まるでレース中みたいな心拍数。

「オレと結婚してくれ」

鞄の中の、大事なものポーチには、最近はめっきり活躍していないやすともの家の合鍵が入っている。中学校のときにやすともが帰るのをずっと待っていたら、あきれた顔をしてやすともがくれたのだ。白い猫のキーホルダーがついた銀色の鍵。スペアだから無くさないでネェって言ったやすともの背中に飛びついて、私は大きな声でありがとう!と叫んだのを覚えてる。
でももう、それも返さないといけない。

「……まずはお付き合いから、デショ?」

それから私と福チャンは手を繋いで帰路についた。恋人同士みたい、と私が言うと、恋人同士だからな、と福チャンが笑った。それにつられて私も笑う。
なんだか、久しぶりに笑ったような気がした。

作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ