小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アキちゃんまとめ

INDEX|23ページ/75ページ|

次のページ前のページ
 

それならわたしとけっこんしよう-6


助手席でいつの間にか膝を抱えて眠ってしまっていた私を、福チャンはすいすいと家まで運んで行った。プロのロードレーサーをお抱え運転手のように使える未成年はそう居ないんだぞ、といつだったか、はやとくんに言われたような気がする。でも私には物心がついたときから福チャンは福チャンだったし、パパもパパだった。
来るときと同じだけの距離を、違う気持ちで走っていく。動く密室。私は今、殺人現場未遂の場所に居る。私は無言で瞳を閉じて、夢の中で昨日までの私を刺す。明日からの私を生きていくために。

福チャンが私の名前を呼ぶ。それからまたそっと私の手を握った。泣き疲れた目は持ち上げるのにも一苦労だったけど、私はちゃんと福チャンを見た。
福チャンが車から降りるのを見て、私は急いでサンダルを履こうとする。ストラップが上手く留まらずにもたついていると、助手席を開けた福チャンが私の宙ぶらりんだった左足にサンダルを履かせてくれた。硝子の靴じゃないのに、と言おうとした私の口は無言になる。だって今、福チャンが硝子の靴を持ってきても、私は履けないと思った。

「……おかえり」

いつも一台分空いている家の車庫に止められたそこから降りて、私は玄関をくぐる。そこではママが私を待っていた。私はママの顔を真っ直ぐ見れなくて、俯いたままボソボソとただいま、と言った。こんなに元気がないただいまを言ったのははじめてだった。
ママの手が私に伸びる。なんとなく、叩かれる、と思った。でもママの私よりずっと大きな手は私の頭に着地して、もう一回おかえりと言いながら優しく私の髪の毛を撫でてくれた。
私はサンダルを履いたままで、ママの胸に飛び込んだ。常日頃から女らしさが足りねぇなァとぼやいているママは、それでもきちんとした女の人で、やわらかくて、いいにおいがした。やすともは、だからママが好きだったんだろうか。ママじゃないから、私のことは好きじゃなかったんだろうか。私は次々にあふれる疑問に蓋を出来なくて、ぎゅう、と縋り付くようにママの服を握った。
ママは私の背中を何度も撫でて、福チャンに向かってありがとナ、と言った。福チャンが小さく返事をするのが聞こえる。福チャンもママも、私を悪者にしない。それがとても嬉しくてとてもつらかった。だって私は、そうまでされるくらい、酷い有様なのだ。失恋して、周りの人を巻き込んで癇癪を起こしているのだから、当然かもしれない。

それからママに招かれて福チャンも一緒に遅い朝ごはんを食べた。パパが居ないときはだいたい朝にはパンを食べる。これはママとお姉ちゃんの好みだ。福チャンも朝はだいたいお米を食べるらしくて、朝にパンを食べるのは久しぶりだと言っていた。クライマーであるパパはカロリーも油分もたっぷりのパンを食べるのは控えているけれど、福チャンは単に好みだと言っていた。それもそうだ。一日にどれだけのカロリーを消費するかを考えると、無理な節制はレースよりも苦しいらしい。
私は福チャンの目の前に置かれたママ特製のバジルソースのサーモンのサンドイッチをじっと見てみる。福チャンが私にそれを差し出そうとしてくるけれど、私は首を振った。私が福チャンに料理を作ったら、福チャンは食べてくれるだろうか。やすともはたいてい私の料理をからかったり、両が多いとかで文句を言うことが多かった。でも、福チャンはどんなに美味しくなくても食べてしまいそうだ、と思う。食べ物を粗末にするつもりはないけれど、砂糖と塩を間違えてしまったら、福チャンは何て言うのだろう。

福チャンはこのあとは予定が入っているのだと言って、食後の紅茶を辞退して帰っていった。私はなんとなく車の横までついて行く。

「じゃあネ、福チャン」
「あぁ」

違う、そうじゃない。本当は、来てくれてありがとうとか、嬉しかったとか、本当に来るとは思わなかったとか言いたかった。でも福チャンは気にすることも無く当たり前だ、みたいな顔をして車に乗り込む。
エンジン音が周りに響く。危ないから離れていろ、と福チャンはやっぱり心配性みたいなことを私に言う。私は少しぶすくれた顔をして、一歩下がる。なんでそんなに平然としてるんだろうって福チャンは全然悪くも無いのに、悔しくなる。
ゆっくりと遠くなっていく車を見送って、私は玄関をくぐる。充電が殆ど無くなっていた私の携帯電話が靴棚の上に横たわっている。ホーム画面を確認する。
着信、メール受信、ナシ。

こんな時でもやすともからの連絡を期待していた私は酷い女だ。
今日が日曜日で良かった、と思いながら私はベッドに飛び込む。携帯電話はベッドの下に転がされて、それきり無言を貫いてしまう。
やすともにふられて、福チャンにプロポーズされた。こんなこと、パパが知ったらどうなるんだろう。お姉ちゃんとママは、まだ知らない、とは思う。

その日の夢は、シロツメクサの冠を作る夢だった。その王冠を誰にあげようとしてるのか、私にも分からない。でも、それを薄い水の上に浮かべていても、いつかは枯れてしまうのだとやけに冷静な頭がささやく。だから   にあげなければ、と。
夢の中の私は誰に、それを、あげたかったんだろう。
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ