アキちゃんまとめ
それならわたしとけっこんしよう-7
花言葉は、復讐。
私は携帯電話の検索結果の画面を見て難しい顔をした。シロツメクサの花言葉はなかなかに物騒だった。じゃあ夢で私は誰かに復讐したかったのかなぁ、なんて思ってみる。きちんと充電された携帯電話を鞄に突っ込んで身支度を整える作業に入る。一日中眠っていたこともあってか、今日は月曜日なのにいつもより早く目が覚めてしまった。
今日はパパが帰ってくる日だから早めに戻ってこよう、と思いながらスカートを履く。膝上十五センチメートル。私なりの黄金比率。たまにカブっちや段竹にあきれた顔をされるけど、ショート丈のジャージを履いてるから怖くない。マリリンモンローになる程の胸もお尻も、私には無い。ママにも無いけれど。これは禁句だ。でもパパはそんなママが好きだって年中言ってるし、どこへレースへ行っても、必ず私たちに電話をしてくる。最初に私、次にお姉ちゃん、最後にママがパパと喋る。最後の、私たちに比べればすごく短いやりとりをしているママの背中を見るのが、私は好きだった。どんなに離れていてもパパとママの間には絶対に千切れない何かがあって、私はそうして大事に生まれてきたんだって思えるから。
いってきます、と声をかけて家を出る。通学バスの中で携帯電話が震えた。やすともではないことくらい、分かっていたから。
独創的な音楽の授業を受けながら、私は今までの自分とやすとものことを考える。やすともは今まで絶対に私を突き放したりしなかった。でも、それは私がやすともにつきまとっていたからだ。冷静になって考えてみたら、友人の娘を手厳しく叱るのは難しい気がする。それも学生時代からの友人の、娘。親と子の年齢差だ。そうやって事実を思い出して並べてみると、私とやすともの繋がりはとっても薄くて、まるで蜘蛛の糸みたいだなぁって思う。
私の作る料理はママから教わったから、ママの味だと思って食べてくれてたのかな、とか。私の髪の毛の色がママとそっくりだから、ママだと思ってデートしてくれてたのかな、とか。それにデートと言うのはいつも私だけで、やすともはただのお守りだヨって言っていた。私がそれを否定して、二人で並んで歩くのが当たり前になっていた。
私は突然、座っていた椅子も、教室の床もストンと抜けたような感覚を味わった。
だって、考えれば考えるほど、やすともは私のことを、私として見てくれていたと思えなかった。
私の酷い顔色に気付いたのか、葦木場先生が大丈夫?と声をかけてくれた。でも私は平気です、と返す。今ここから逃げ出したら、すごく、今までの私がバカみたいだと思ったから。
昼休みは、いつも自転車競技部で食べている段竹とカブっちについていった。私からついていくのは珍しいけれど、二人とも何も言わなかった。
「二人は、失恋したらどうする?」
「ブフォッ!!!」
「!?」
カブっちが飲んでいた牛乳を吐き出した。汚い。段竹は冷や汗をかいているのが見て取れる。
「それも、ずーっと片思いしてた相手にフラれて、悲しいなーって思ってたところにすごくかわいい子がやってきて『ずっと見てました。私と付き合ってください』って丁寧に申し込まれたらどうする?」
「……それは、難しい、な」
カブっちは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。金魚みたいだなぁと思った。言わないけれど。
「すぐに切り換えて、付き合うのって、どうなのかな」
ぽつんと言った私の言葉は思ったよりも元気が無かった。私の様子を見て、もう察しているかもしれない段竹が、む、と唇を引き締める。多分、きちんとした返答でないといけないとでも思ったんだろう。
「オレは……経験が無いから分からないが、でも、すぐに他の人と付き合ったとしても、当人同士が納得していれば不誠実とは言わないと、思う」
たぶん。
最後の言葉は小さかった。でもちゃんと私に届く。そっか、と私は言ってパイプ椅子で足を組んだ。
「でもよぉ!今までずっと好きだった相手が居たんだろ!?そんな易々諦めていいのかよ!」
キャンキャンとまくし立てるように言い出したのはカブっちだ。私は最早昼食などどうでもよくなって腕を組んだ姿勢になる。カブっちは一瞬、う、と私の動作に威圧感を感じたみたいだったけれど、すぐに口を開く。いつも思うけど、カブっちはオーバーアクション気味だと思う。
「新しいヤツと付き合って、それで上手くいきゃあいいけど、やっぱりダメだった!とかあり得すぎだろ!」
うーん、と段竹はカブっちへの返事に困っているようだった。確かにカブっちの言うことは正しい。そしてまっとうだ。でも、その眩しさが、今の私には無い。
確かに、福チャンの申し入れを受けるのは簡単だ。でも、それから私は福チャンをきちんと好きになれるんだろうか。今までやすともに向けていたベクトルを、全部福チャンに向けることができるんだろうか。福チャンは優しいから、しばらくはきっと何も言わないし、手を出したりはしてこないと思う。夏休みに、と誘われたけれど、きっとそれも私がOKを出したとしたら、今度はパパとママに伝えるだろう。あの人は、本当に律儀な人だから。
「(長野かぁ……)」
私はまだ騒いでいるカブっちから意識を逸らすようにして天井を見上げた。
ちょうどいい機会なのかもしれない。福チャンのことを好きになれるのかはさておき、やすとも離れをするには、何かきっかけがないと難しい。だって私の生活の中心にはやすともがずっと居たのだから。その生活に慣れていかなきゃいけない。そう思うと、泣きたくもないのにじわりと目の奥が熱くなる。
あぁ、私はやっぱり、失恋したんだ。