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アキちゃんまとめ

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それならわたしとけっこんしよう-5


じっと見つめ合っていた私たちは、唐突な着信音で我に返る。福チャンが慌てたように自分の携帯電話を取り出して、それからポチリと一回だけボタンを押した。

「イイの?」
「いいんだ」

福チャンは携帯電話をすぐにしまって、私の手を引いて歩き出した。今度はテトラポットのこちら側。きらきらと光る水面が私の目を焼いている。

「学校は……」
「今日は土曜日だからお休み」

そうか、と福チャンは言う。うん、と私は言う。福チャンの生活を知らない私と同じで、福チャンも私の生活を知らない。私がやすともの部屋に行って、やすとものために食事を作って、やすともの名前を呼んでいたとき、福チャンはいったいどうやって過ごしていたんだろう。自分の名前よりも他の男の人の名前の方をたくさん呼んだ私のことを、福チャンは本当に好きなんだろうか。

「福チャンは……」

私は福チャンに質問したいと思うのに、その質問が出てこない。どうしてだろう。やすとものときは次から次へと質問が出てきたのに。福チャンには、質問ができない。訊ねられない。
福チャンは私の顔を覗き込もうとする。私は咄嗟に顔を上げた。パパよりもずっと背が高い福チャンは、いくら腰を曲げても私と同じ目線になることは難しい。だから私が顎を上げて、じっと見つめる形になる。綺麗な顔だ、と私は思った。東堂さんや今泉くんとは違う。でも私は福チャンの顔を見て、なんだか納得した。こんなに真っ直ぐな人だから、どこにも濁りが見つからないんだと思った。

短い散歩を終えて、私たちは福チャンの車まで戻ってくる。心なしか塩気を含んだスカートを軽くはたいてから私は助手席に座る。私の携帯電話は福チャンが持っている。でも、それは一度も鳴っていない。こんな時にまでやすともからの連絡が来ないかと、心のどこかで期待している自分がいる。
やすとも以外の人を好きになるっていうのは、どういう気持ちなんだろう。やすともが好きだった、と過去形として言うことができるようになるってことなんだろうか。それともやすとものことなんかどうでもよくなるってことなんだろうか。後者だったら嫌だな、と私は思う。これから私は誰かと結婚するのかもしれない。それは東堂さんかもしれないし福チャンかもしれないし、もしかしたらこれからずっと先に出会う人かもしれない。でも、そのとき、私はきっとやすとものことを考えると思う。やすともは幸せだろうかって考えるんだろう。私が居なくなって清々していることもあり得るし、むしろそっちの方が可能性としては大きいと思う。だけど私はきっとやすとものことを考えると思う。そしてそれを許してくれない人とはきっと結婚できない。
福チャンは静かに車を発進させる。みるみるうちに周囲の流れに巻き込まれて、私たちは一つの運河の中に入ったみたいになる。

「福チャン、あのね」
「なんだ?」
「やすともは、しあわせじゃ、なかったんだネェ」

えへへ、と笑った私の視界が滲む。あ、と思った時にはもうぽろぽろと涙が零れていた。ふふ、と声を抑えて笑う。

「わたしとじゃ、しあわせじゃ、なかったんだぁ……」

悲しいなぁ、さびしいなぁ。私は単語みたいにぽろぽろ言葉を零して、そうして何度も笑った。泣き笑いっていうのは、こういうときに起きるものなんだって初めて知った。辛くて苦しいのに、私の口から零れるのは泣き言なのに。唇だけはしっかり笑顔を作っていて、それはきっとやすともを悪者にしたくないっていう私の気持ちの現れだったんだと思う。

「アキ」

福チャンが私を呼ぶ。すとんと落ち付く声で私を呼ぶ。やすともより低くて、パパより重たくて、私が知ってる誰よりも真っ直ぐな声。

「お前が居ないと、オレは寂しい。だから一緒に来てほしい」

私はやっぱり泣き笑いの表情で福チャンを見て首を傾げた。文脈が全く分からなかった。

「……お前が、さっき言ったんだろう。恋人に言うみたいに、と」

微かに頬を染めた福チャンが、涙で滲んだ視界にもちゃんと見えた。福チャンはこういうふうに恋人に言うんだ、と不思議な感想を抱く。でも、なんだか悪い気はしなかった。年上の男の人をかわいく思うのは、なんだか新鮮な気がした。

「……正直、荒北がお前のことをどう思っていたのか、どう接していたのか、オレは知らん。だが、オレは、」

お前が居れば、幸せだと思う。
そう言った福チャンの横顔を見ていられなくて、私はうつむく。どうしてそういうことを言うんだろう。どうして私に言うんだろう。分からないことばかりが積み重なって、私の頬も熱くなっていく。このまま涙が蒸発してくれてもよかったのに、そうはいかないらしい。私は真っ赤になりながら、ただぼろぼろと泣き続けた。やすともも福チャンも悪くない。
ずっと誤解し続けた私と、ずっと気付かなかった私が悪いのだ。
だって全部、私が悪い。
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ