小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アキちゃんまとめ

INDEX|20ページ/75ページ|

次のページ前のページ
 

それならわたしとけっこんしよう-3


ママとお姉ちゃんには悪いけれど、リビングを迂回して浴室へと向かう。きっと二人とも、私にわざわざ声をかけようとはしないんだろう。部屋へ戻る途中に呼び止められるかもしれないけど。
私はざっとシャワーをあびて、この間買ったばかりのワンピースに着替える。お姉ちゃんには少し大人っぽいかもねって言われたけれど、でもいつかきちんと似合う日がくるかもって二人で相談して奮発した、黄色い花柄のワンピース。オーガンジー素材で作られたワンピースはちょっとしたドレスみたいで、買って帰った日からずっと大事に仕舞ってあった。私はそれを目の前に持ち上げて、ちょっとだけ抱きしめてみた。向日葵の香りはしない。太陽が照りかえしてくる土の匂いもしない。今ここにあるのは微かな化粧水とママが作ってくれていたクローゼットの中のポプリの香り。
福チャンは三十分だって言っていた。充電が半分を切っている携帯電話で時間を確認する。通話の終わりから、もう二十分も経っていた。
目の洗浄液でざぶざぶ洗って、顔を薄いメイクで整える。最後に髪の毛にコサージュを挿そうと思って、やめた。何度も深呼吸をして、鞄にガチャガチャと持ち物を詰め込んだ。ピンク色のグロスを塗って、時間を確認する。
それから私はそっと浴室を抜けてから、一気にリビング横を走るように通り抜けて玄関のカギを勢いよく開けて家を飛び出した。後ろでママとお姉ちゃんが驚いて私の名前を呼んでいる。
サンダルのストラップのボタンを留めていないから、走るたびに脱げそうになる。それでも足を止めるつもりはなくて、家から一番近い大通りへ向けた曲がり角を走り抜ける。同時に、ぱっと目の前が明るくなって、私の曲がってきたところを丁度左折しようとしていた車と鉢合わせた。咄嗟に運転席を見る。福チャン、と私の唇が動いた。福チャンは息を切らしている私を見て面食らったようだったけど、すぐに助手席の鍵を開けてくれた。
私は走ってきた勢いのまま福チャンの運転する車に飛び込んで、すぐ出して! って叫んだ。
さながらマフィアに追われる人質みたいで、その時の私はきっと大女優だった。
福チャンは私に驚いたのか、ちょっと目を見開いて、それからすぐに車を発進させてくれた。ママとお姉ちゃんがきっと追いかけてきている。私にはその確信があった。二人に何も言わずに出てきてしまった罪悪感に押しつぶされそうになって、私はシートベルトをしながら体を丸める。サンダルはすっかり脱げてしまって、私は裸足になりながら膝を抱えた。

「アキ」
「……帰らない」
「そうじゃない。せめて連絡をさせてくれ」

言いながら福チャンは自然な動作で近所のコンビニの駐車場に止まって、私の鞄の中で震え続けていた携帯電話を寄越してくれと手を出した。私はたっぷり十秒悩んでから、福チャンに携帯を渡した。まだ、携帯は震えている。私が設定した「私のお気に入り」が流れ続けている。軽い音と共に、福チャンが携帯電話を耳に当てた。

「もしもし、福富だ……あぁ、一緒だ。……分かっている」

相手はママか、お姉ちゃんか。多分ママだと思う。もしパパが家に居たら、きっとすぐさま自転車で私を追いかけてきたんだろう。そのパパは今、スイスに居る。福チャンとは違うチームだから、どうしても帰国のタイミングはずれるんだそうだ。私は短い会話で終わってしまった後の携帯電話を受け取って、小さなショルダーバッグの底に入れた。電話をするために停車した車の中で、絞ったボリュームで流れ続けるCD。聞き覚えのあるそれは、お姉ちゃんが福チャンにあげたものだ。きらめくおとぎ話の音楽は、鉄仮面と言われる福チャンには正直言って似合わない。でも、こうしてずっと流れている音の洪水を聞いているだろう福チャンを想像すると、なんだかやけに嬉しかった。

「無理はするなと言っていたぞ」
「なにそれ」

無理ってなんだろう。私に対してなのか、福チャンに対してなのか分からない言葉だな、と思った。

「ネ、これからどうしよっか」

私はわざとそう言った。
私が勝手に福チャンを呼び出したのに。私は福チャンが怒るのを少し期待したのかもしれない。私だって誰かを振り回すことができるんだって思いたかったのかもしれない。やすともに振り回されてたんだって言うのは簡単。でもその言葉は私の唇から出てこない。だって私はやすともが好きなのだ。この世で一番、パパよりもママよりもお姉ちゃんよりも。私の一番は、幼いあの日からずっとやすともだけだった。

「……ぅ……っく」

いつの間にか溢れてきた涙がまた私の視界を奪っていく。マスカラをつけていなくてよかった、と思う。けれどもアイシャドウは盛大に滲んでいくことだろう。目じりから入り込む光の欠片たちがちくちくと私の瞳を刺していく。
車は発進しない。その代わり、福チャンが無言で私にタオルを差し出してくる。私の家で使っている柔軟剤とは全く違う匂いの。私は出来るだけ鼻水をくっつけないようにしてそのタオルで顔を覆う。耳の奥で、わんわんと蝉が鳴いていた。
CDはとっくに次々と曲が切り替わっていて、私が小さい頃に頑張って覚えた長い呪文を唱えている。

「(どんなときにも忘れないでどうぞ……)」

小さな頃の私は何にも怖いことなんかなくて、小学生の私も中学生の私も、やすともの隣で無邪気に笑っていられた。
魔法はとっくに解けてしまった。私は十六歳になって、結婚できる年になって、子供だって作れるしその気になれば産むことだってできる。幼いだけで生きていける年頃は、もうとっくに過ぎてしまったのだ。

ふと、私の手に温かい何かが触れる。それは私の手を壊れ物のようにそっと握って、福チャンと私のちょうど中間に着地する。フラットになっている運転席と助手席の間で、私の右手は体温を分けてもらう。
静かに発進した車の中で、私は少しだけ顔を上げる。まだ涙は止まらなくて、足は座席に乗り上げた酷い格好だった。でも、ぼやけた視界の向こう側に、昇りはじめた朝日が見える。
明けない夜は無いし、おなかが空かない日だってない。夜はいつだって星がまたたいているし、風はいつだって私の隣を駆け抜けていく。そんな当たり前のことを、私はようやく実感する。
アキ、と福チャンが私を呼ぶ。ほかでもない私の名前を呼ぶ。私につけられた名前を、とても愛おしげに呼ぶ。

「そのワンピース、よく似合っている」

私が干からびてしまったら、それはきっと福チャンのせいだと思う。私がかぴかぴになってしわしわになったら、福チャンに責任を持って海に戻してもらわなくちゃいけない。
私はぼんやりとそんなことを考えながら、そっと福チャンの手を握り返す。
大人の男の人の、やすともとは違う、手だった。



※福アキちゃんルート?
2014/08/22
参考>ttp://shop.nos-project.jp/fs/line/onepiece/gd350
   ttp://www.youtube.com/watch?v=Skaoe5_TSSA
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ