アキちゃんまとめ
最終電車
久しぶりにその姿を見た時、「美人になったな」と思った。もう相手は三十歳を過ぎていて、母の面影を残しつつも立派な一個人として成長していたのを知っていたというのに。自分に浮かんだのは、そんな、親族が感じるような感想だった。
「荒北さん」
両目に涙をためながら、それでも滴になって零れ落ちることはない。これは年齢を重ねたことによる彼女の強さだ。小さい頃は道路脇でうずくまって、じっと痛みが通り過ぎるのを待っていたというのに。荒北はヒュウ、と息を吸い込んだ。おざなりに装着された酸素マスクから自分の吐息が零れていく。
「……どうしたノォ」
しゃがれた声だった。静かに花開いた彼女とは違う、もうあとは坂を転がり落ちるだけの年齢となった男の声だ。
アキはそんな荒北の声を聞きながらも、ベッド脇にあった小さなパイプ椅子を引き、そこに腰かけた。
しばらくの沈黙が支配する病室内。荒北が職場にて過労で倒れたとき、親族には連絡がいったらしいが、元より家庭を持っている妹や、年老いた両親ではすぐに駆けつけることができなかった。そのときにその場にいた同僚や上司が気をきかせてくれ、まるで後見人になっているかのような小野田家に一報を入れてくれた。アキがここに来たのも、おそらく小野田たちから事情を聞いたからなのだろう。
「あのね」
静かな声だった。きゃらきゃらと笑い、跳ねまわるあのお転婆さがなりをひそめた、美しい響きだった。
「すごくすごく迷ったノ。でも、荒北さんが倒れても私は次の次のそのまた次の次くらいにしかそれを知ることはできなくて、私が来たときには、もう、荒北さんは死んじゃってるのかもしれないって思ったら、とっても辛かった」
アキが荒北と視線を合わせ、ぱちり、と瞬きをする。母親譲りの睫毛はとても長い。
「あなたに何かあったとき、一番に連絡を受けるのが私でありたいノ。辛いことも、苦しいことも」
喉が鳴ったのは、どちらのものだったのだろう。
「私と結婚しまショ」
病室の窓から入り込む光が、アキの頬を撫でている。西日はじりじりと熱をもって白い肌を焼き、いつかは消えていくのだろう。
ぼんやりと、まるで夢の中に居るような感覚のまま、荒北は目を閉じた。結婚をしたら、今、彼女の滑らかな曲線を辿っていく涙を拭う権利が得られるのだろうか。彼女を、自分の短い半生に付き合わせることができるのだろうか。手さぐりの選択肢を思い浮かべながら、それもいいネ、と荒北は口内で囁いた。それが音になったかどうか、荒北には分からない。
※五十路荒北さん×三十路アキちゃん