じゅくこー!
赤浦太陽と根津灰
赤浦太陽と根津灰の会話
「…ひよこまんじゅうだよな」
「え、赤浦空腹?」
入塾テストの採点中、ぽつりと呟き落とした言葉は、しっかりと聞かれていたらしい。
「ひよこ?なになに頭から行っちゃうの?それとも割っちゃう?」
塾講師としてはやや稚気に過ぎた口調で話すのは根津 灰。赤浦と同じ、大学二年生だ。
「あ〜でも割っちゃう場合、直線距離で半分なのか体積でか、それとも質量か迷い所が」
「違えって」
テンションの上がりすぎな言葉を途中で遮る。
口を開けばどうにも奇天烈なものが目立つ根津だが、その実大学では切れ者として教授連からも一目置かれた存在であるらしい。
だが。
「でもさ〜ひよこまんじゅうっつったら食うじゃん!」
他称〈有望株〉は、まだ未練そうに口を尖らせる。
こうして赤浦の目線から見る限り、根津はただの高校五年生といった所だ。
「つうか根津お前、生徒の面倒見に行けよ」
「え、ひよこまんじゅうの解は」
「そんなもんねーよ、早く行け」
えええ、と不満げな声をあげる根津を教室の方に押し出し、赤浦は採点を再開する。
『ねー根津センセー、英単語のスペル、おかしくない?』
『マジ?あ、マジだ、すげー、良く気付いたじゃん、えらい!』
『私だって勉強するんだからね!』
零れ聞こえる、にぎやかな会話。
『言ったなー、お前。じゃあ、次のスペルは?』
『それは……まだわかんない』
『よっしゃ、じゃあ今日は一緒にこのスペル覚えてこーぜ!』
『なんだ、センセーも覚えてなかったの?』
『いーんだよ、今日覚えればさ』
講師と生徒とのものとは思えない会話に、何故かひとりでに口角が持ち上がった。
そっと教室を覗きやれば、丸い根津の頭と、生徒の頭が仲良く並んでテキストを読んでいる。
ぴったりの擬音語を探せばまさに「ぴよぴよ」。
「……ひよこまんじゅうだよな」
小さく呟いて、赤浦は正答を丸で囲む。
一緒に成長する、そんな存在であるのも悪くはない。