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畏友の離婚

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「結城さんのお電話番号は、結婚式の二次会の時に書いていただいた名簿で拝見したんです」と女は言った。「じつは結城さんの前に、三人ほどリストから電話をかけて、四人目につながったのが島村さんだったんです」
「島村とは、実はあれ以来会っていないんですよ」結城はコーヒーの残りを確かめながら言った。「そろそろ同期で集まってもいい頃かな、と考えてはいたんですが」
「そうだったんですか」
 しばらく沈黙が流れた。二人の間には島村しか共通の話題がなく、しかも島村と女は昨日離婚届を出したばかりだという。かといって世間話を交わすにはお互いにふさわしい相手ではないことは解っていた。
 そのとき、結城の内ポケットの携帯電話が振動し電話の着信を告げた。彼は「ちょっと、すみません」といいながら携帯電話を取り出し、発信者を確かめるとディスプレイには「島村」の表示があった。
 まる一年間連絡を取り合わなかった相手から、このタイミングで電話がかかってきたことの意味を、結城は判じかねていた。これは偶然なのだろうか、それとも島村はここで元の妻が結城と会っていることを知っているのだろうか。結城が携帯電話をポケットに仕舞うのを見た女は、「お仕事中に、ほんとうに申し訳ありません。今のお電話は大丈夫ですか」と言った。
「用件は見当がつくので、大丈夫です。そもそも、きょうの昼間にお会いすることを言い出したのはわたしですから、どうかお気遣いなく」結城は言った。「ところで、わたしにお聞きになりたいこととは何でしょうか」
 女は、一呼吸おいてから結城の目をまっすぐ見ながら「あの人の中身について知りたいんです」と言った。
「ナカミ?」
「ええ」
「ナカミ・・といいますと」
「あの人の皮はわかっていますから」
「カワ?」
 ウエイターが女が注文したダージリン・ティーを運んできた。ウエイターは紅茶を丁寧に手際よく注ぎ、半分ほどに減ったティー・ポットをテーブルに静かに置くと、「ごゆっくり」という言葉とともに書き加えた伝票を置いて立ち去った。
「結城さんは、こんな話を知っていますか」女はダージリン・ティーに軽く口をつけたあとに話しはじめた。
「ひとりの男性がステージの上でリンゴの皮をむき始めます。皮がするすると細長いヒモに変わり、リンゴがすっかり剥き身になって、さあいよいよリンゴにかじりつくのかと思ったら、男性は皮の方をむしゃむしゃ食べてしまう、という話です」
 結城は笑った。彼には、女がなぜこんな話をするのかまるで見当がつかなかったが、その滑稽なシーンがありありと見えるようで、おかしかった。女もわずかにほほえみながら言った。
「おかしいでしょ。でも実は人間ってみんな、そんなおかしいことばかりしているじゃないかって、最近よく思うんです。果実には見向きもせず、皮にばかりとらわれているんじゃないかって」
「・・・」
「わたしは島村さんの皮相な部分、学歴とか会社とか容姿とか、とにかく上辺だけしか見てこなかったんじゃないかと」
「つまりあなたは、島村は『皮』が立派なだけで『中身』はまるで無かったといいたいわけですか」
 そんなはずはない、島村ほど豊かな内面を持つ男もそうあるものではない、結城の言葉にはそんな非難の色が含まれていた。それを察知した女は「いいえ、そうではありません」と早口に否定した。
「もちろん島村さんには中身があります。それどころか、とても豊かなものがあると思います。わたしなんかには、もったいないほど。でもその中身はすくなくとも私には相応しくなかった、そういう気がするんです。うまくは言えませんが」
「・・・」
「でもわたしが知りたいのはその先なんです。それを知らないままでは、わたしは女としての第二の人生に踏み出すことができないんです。・・大げさな言い方をしてすみません」
「女としての第二の人生、とは?」
 女は結城の問いに答える代わりに、横を向いてうつむいた。
「ようするに、島村はあなたを、あまり女性として扱わなかったということでしょうか」島村の問いに、女は下を向いたままつぶやいた。
「あまり、ではありません。一年間、島村とは一度もありませんでした」

 一時間のち、ひとりになった結城は、同じ喫茶店で二杯目のコーヒーを目の前にしながら、携帯電話の画面を見つめていた。そこには島村からの着信を告げる表示があった。返信ボタンを押せばたちまち通話は島村の携帯電話につながるだろうし、留守録に入っていた久しぶりに耳にした島村の声も、それを待っていることを告げていた。
 ありていに言えば、「妻」は、島村が同性愛者なのか、そうではないのかを知りたがっていた。前者であれば彼女の「女」としてのプライドは保たれ、「第二の人生」に踏み出すことができる。後者であれば、それが「一度もない」原因は彼女の方にもある可能性が高まり、「女」としての自信が傷つけられることになりかねない。
 女は、元の夫の友人に訊けば、その答が得られるのではないかと期待していたのだった。当然ながら、その期待には同性愛者であることも含まれている。
 けれども、四年間青春の汗をともに流した結城には、島村はそうではないことが判っていた。結城は、島村の少数ではあるが濃密な恋愛遍歴を知っていたし、酒の勢いを借りてともに仲間数人で悪所に潜り込んだ記憶もあるのだった。
 しかし、それを告げることは目の前にいる女のプライドを傷つけることは明らかだった。かといって彼女に慮って虚偽を口にすることは、一層できない相談だった。そこで彼は「自分にはなんとも判断がつかない」という意味のことを言った。
 結城の答えを聞いた女はしばらくのあいだ黙り込んでいたが、感謝と別れの短い言葉を口にすると、二人分の料金を机に置いて去っていった。肩を落としながら店を出て行く女の後ろ姿を見送った後も、結城はしばらく同じ席に座りつづけていた。彼の左手首の腕時計は、会社に帰らなければならない時間が迫っていることを告げていた。

 その日、午前零時を過ぎて帰宅した結城を、島村からのメールが待っていた。昼間、喫茶店で島村からの着信を受けたあと、結城は電話を折り返すこともなく、相手から追って電話がかかってくることもなかった。
 結城は自分が返信を返していないことが気がかりになっていたが、島村から再度連絡がないということを、実はさしたる用事でもなかったあかしだと言い聞かせることで、自らを納得させていた。そこに届いた島村からのメールは、結城に一種の衝撃のようなものを与えた。
 結城は背広姿のまま、リビングのPCの前に座り、島村のメールを読んだ。メールは、結城だけに宛てたものではなく、剣道部の同期生たちに一斉に同じ内容を送信していることをまず断り、はじめは一人一人に電話で話をしようと思い、まずは結城に電話をかけたが、その後、これは文章で内容を過不足無く練り上げたのち知らせた方がよい内容だと思い返したこと、そしてくれぐれも他言は無用であることが冒頭に記してあった。

 ・・・俺は妻と離婚することになった。結婚式と披露宴に出席してもらい、盛大な二次会まで開いてくれたみんなには申し訳ないことだと思うが、俺としては致し方ないことだった。
作品名:畏友の離婚 作家名:DeerHunter