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瀬間野信平
瀬間野信平
novelistID. 45975
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骨折り男とシルクの少女

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疫病神。


二年ほど前から大陸中で疫病が流行っている。
始まりは異国から帰った旅人らしいのだがこうまで流行ってはもはやどうでもよい。
都市から都市へ、疫病が流行っても人は動く、いや流行っているからこそ逃げるように人々は移動した。
その結果は明白だ、病から逃げられる所など無くなった。
都市、町、村、人が住む所に病は広まるだけ広まった。
薬はなく、体力の無い老人や子供は次々にかかっていった。
生き残れるのは体力のあるものだけ、しかし体力をつけようにも食糧が無い。
かかったのが運悪く冬ならば待つのは死のみ、病人に分ける食糧などあるはずがなかった。
魔女のせいだ等と言われ、どこにおいても何人もの人々が殺された、頑固な一人者や周りと親交が無い者、もしくは恨みを抱かれていた人々が。
その中には薬草から疫病薬を作っていた賢者も含まれていたらしい。
病から逃れたい一心の都市の中には魔女の使いとして猫を殺しているらしい、猫を殺す事が特効薬にでもなるのだろうか、それなら最早都市で猫は消え病も消えているはずだ。
家から出る者は居なくなり、都市に活気は無くなった、月に一度の定期市など都市に来るものが病から逃れてきた者だけなのだから開かれる訳がない。
かといって家に、もしくは石倉に閉じ籠れば病は来ないのか。

否。

そうやって地下室に籠っていった人々は一月が過ぎないうちに病で死んだ。
ある国の王は鉄のみで宮殿を建てそこに逃げ込んだ。
しかし地下室でないにも関わらず、魔女がいるわけでもないのに王は死んだ。
どうやって病が広がるのか分からない、そもそも何が原因で発病するのか分からない、最悪の状況。
かろうじて一度かかった者はかかりにくいという噂は本当のようだったが二度目に病にかかれる方が珍しい、一度目で大概お陀仏だ。
更に家からなるたけ出ない、ために食糧は次々減り病にかかる者は増えるばかり。
かといって外に出れば野犬と


疫病神。


少しずつ皮膚が削られていくのにそれは似ていた。
村から町から都市から、人が削れていきいなくなっていく。
人は自分は削れまいと中に中にうち隠る。
しかし自分が社会から削がれずとも回りが削れては生きてはいけない、血が流れ出つまり行き着く先は明確だ。

「おい、そこの陰気な顔してんの!!!」
「……陰気じゃない、思慮深いんだ。」

不意に入り口から声がかかる。
この声は覚えている、少なくともはパン屋よりまともだったはずだ。

「よく生きてたな、旅商人。」
「お陰さまでって訳よ、俺ァ一回伝染病かかってるってなぁもんでね。」

入り口に立つのはこの小さな町によく来る旅商人。
見かけは細いが体力と運に恵まれたらしい、先ほどの言葉通り商人は疫病にかかり、完治した。
この疫病は痘痕が必ず治っても腕に残るせいで、あまり彼とかかわり合いになるものはいない、少なくともこの町では僕を除いて。
歳は僕と同じか少々上か、つまりは今がちょうど働き盛りか。
働き盛りとはいえ一人前とは僕もこの商人も程遠い。
僕はある事情から村の自分より若い者、パン屋のような無理難題を言う者にさえ逆らえない。
旅商人は病を運ぶと忌み嫌われ、商品を取られたり迫害を受ける。
どちらかが悪いのではない、社会が、病が悪いのだ。
二年前、彼がこの水車小屋に来て以来の付き合いとなる。

今、彼は町の人々に商品を買ってもらえず、とりあえず持ってきた麦を自分用の粉にするためここに来たのだろう。

「で、今日は何の用かな?あいにくだけど難癖をつけられた人の、痩せた小麦粉しか無いよ、すっからかんだ。」
「良いさ、今日は商売の為に来たんじゃねぇよってな。」
「………君の売るは商売の売るじゃないだろう、例えて言うなら高利貸しだ。」
「お褒めの言葉ありがとう。そりゃたった一人のお得意様にさえ手前どもは買い叩かれる訳にはいきませんのでね。」
「逆だろう普通は。」

適当に会話を交わしつつ連れだって小屋の裏、小さな水路の脇に出る。
パン屋の若旦那が逃げるように帰った理由、そして旅商人の彼がここに来た理由がそこにある。


「……早いもんだな、もう一年か。」

そこにある物は一つ。



小さな小さな僕の父の墓。



☆骨折り男とシルクの少女★