AYND-R-第四章
しれません。…それでも来るのですか?」
とここに来る前に、リーは三人に聞いた。
「は、はい……っ!お、及ばずながら、いざという時の
治療をします……っ!」
「足手まといになることは分かってる。でも、それでも
行きたい。…いざとなったらためらわずに、あたしを
見捨てて。それでも相手に一矢報いることくらいは
出来るはず」
「同感ね。それに、リーが来なかったら、気づかなかったかも
しれないけど、気付いてたら私達だけで戦わなきゃ
ならなかった相手よ。どっちみち私は戦うわ」
それに、とミルファルは付け加えた。
「私はリーについて行くって決めたんだからね。
例えそこが天国でも地獄でも」
そしてウインクをしてリーを見た。
「……かないませんね…分かりました…」
リーは首を振った。
「ですが、今回ばかりは私も保証しかねます。
十分に注意してください」
と真剣に三人に言って、リーは同行を改めて許可した。
ほどなくして一行は、イルの報告地点に到着した。
確かに魔力のひずみがある。
それは微々たるもので、普通の者でも手練れの者でも
察知することは不可能であったが、リーは正確に察知した。
「……覚悟はいいですか?」
リーは三人に言った。
「覚悟って、何の覚悟?」
「決まってるじゃない。勝利後にリーを押し倒す覚悟よ」
「ふ、ふぇえええええっ!?」
三人のやり取りにリーは苦笑いした。
おかげで緊張が吹き飛んでしまった。
今までの任務に、強敵かもしれない相手と戦う前に
こんなに余裕のある心で行けた事があっただろうか。
少なくとも、リーにはそのような経験は
なかったように思った。
リーは三人にそっと心の中で感謝しつつ
息を再び吸い込んで、
「…では……これより魔力のひずみの先へ……
これにつながっている先へ……行きます!」
と言った。
「お気をつけて…」
チップからイルの心配そうな声が聞こえた。
魔力のひずみは「ゲート」とも言われ、扉のような
ものである。
それは離れた場所と場所をつないでいることが多い。
一行はほどなくして、薄暗い場所に到着した。
そこは闇しかなかった。
上も見ても下を見ても、前を見ても後ろを見ても
どこまでも続く暗闇が続いているだけである。
「あら、夜かしら?」
「…いいえ、こういう空間なのでしょう」
リーは見切った。
ただの夜ならば、味方の位置を普通に把握出来るが
この闇のせいで、味方の位置を知ることを阻害されている。
リーはとっさに辺りを照らした。
一行の姿かたちが明確に映し出された。
「それにしても、ここの主は留守?」
ミクリィがきょろきょろと見回して言った。
「……いえ、お出迎えのようです」
リーは真っ直ぐ前を向いて言った。
リーの前にフードの男がいた。
こちらをじっと見つめている。
念のためにと隠密の術を全員にかけておいたが
どうやら見破られているようだ。
リーは緊張した。
リーの術を見破れる者は、「裁断」のメンバーの何人かと
世界規模の異変を起こせるクラスの者に
いるかいないかである。
例外にミルファルがいるが、彼女の場合は
単ににおいだった。
男は視線で真っ直ぐにこちらを見ている。
一行は構えた。
言葉は不要。
というか向こうが何も喋らなく、また喋れるのかも
分からない。
構えた一行に対して男は薄く笑い、何かを投げる
ジェスチャーをした。
瞬間、例の黒い物体の何倍も大きい、その黒い物体が
一行の前に立ちふさがった。
瞬間、ものすごい圧力がかかったように
一行は感じた。
「――危険です!その物に込められた魔力量は
計測された魔力と同じ、いえ、それ以上に高い魔力が
込められています!」
イルが叫んだ。
計測された魔力というと、複数の世界をまとめて
消し去る威力があると言われた。
そして、それ以上ということは、その気になれば
この空間ごとリー達を消すことなど容易いだろう。
リーの額に汗が流れた。
物体は意志を持っているかのように動き回り
魔法の雨を一行に振らせた。
それもとにかく強力で数が多い。
ミクリィもミルファルも回避に徹するのみである。
反撃の機会が、全くと言っていいほどにやってこなかった。
リーはセイファを庇う必要があるので、回避はせず
その魔法を受け止め続けていた。
そして受け止めて愕然とする。
今までどんな攻撃、特に魔法であれば
ほぼ無効化してきたリーだが、少し手傷を負ったのだ。
リーは更に気力を高めて集中した。
男の方は離れた位置にいるまま動かない。
それを見たリーは不思議に思った。
男から全くと言っていいほどに何も感じないのである。
生体反応も敵意も意思も存在自体も、何もかも。
闇に阻害されていても戦闘開始前には
常に感じていたが、今は何も感じなかった。
そして、その感じていた気配は物体にあることを
リーは気づいた。
リーは直感した。
おそらく男と物体が同化しているのだろう。
だが、こちらが男の本体を叩く暇を作らせてくれるとは
思えない。
男の位置は遠くにあり、闇があり、そして物体がある。
簡単には手出し出来なかった。
「――っ、ここまで来て、なんの手ごたえもないまま
負けるわけにはいかないって!」
ミクリィが魔法の雨を気合で抜けて
剣を振るった。
「同感ね。……それに、こういう輩にはきついお仕置きが
必要と決まってるのよ」
ミルファルが魔法の雨の間隔を見切って
鞭を振るった。
「お、お二人とも……頑張って……!!」
セイファが二人に声援を送る。
二人の動きが加速したかのように見えた。
そして何回か、剣にも鞭にも手ごたえを感じた。
だが、物体は弱まる気配はない。
そして急に物体は、魔法の雨を振らせながら
もの凄い勢いで二人にぶつかり、二人を突き飛ばした。
「――ミクリィちゃん、ミルファルさん!」
セイファが叫ぶ。
リーはセイファを守るのに精一杯で
二人の援護には回れなかった。
「――っ!」
「――!?……こ、このくらいなんだって言うのよ……!」
二人はうめいた。
「……わ、私はリーについていくって決めてるの……!
…そして、リーの周りの幸せを邪魔するものから……
リーと皆を……守るんだから……っ!!」
ミルファルは一瞬、そこから消えた。
次の瞬間に、目にも止まらぬ鞭の早業を物体に叩き込んだ。
どうやら今まで本気を隠していたらしい。
しかし、全て直撃しているにも関わらず
物体には傷一つつかない。
結局ミルファルは魔法の雨に倒れた。
「ミルファルさん!!」
セイファがミルファルに向かって叫んだ。
そして、物体の注意がこちらに向いたと
リーは察知した。
ふと、足元にミクリィの剣が転がっているのを
リーは見つけた。
先ほど吹き飛ばされた時に飛んできたらしい。
瞬時にリーは判断した。
相手はあれだけ二人が攻撃しても傷一つない。
それに、複数の世界を消滅させる魔力を相手に
まともに戦って勝つことは、リーにも難しいように思えた。
一瞬のうちにリーにある戦術が浮かんだ。
作品名:AYND-R-第四章 作家名:天月 ちひろ