AYND-R-第二章
つややかな黒い長髪を腰まで伸ばしていて
赤い瞳をしている。服装は、装飾が少し華美だが
目立ちすぎることはない、水色のワンピースを着ていた。
「そこに座っている方が、ここの女領主です」
イルは言った。
二人は驚いた。あのくらいの年齢で領主をやっているとは
思わなかったのだ。
だが、リーは「対策班」でイルを始めとする「支援」に
出会っている。
リーには、改めて驚くことではなかった。
女領主は、執事と思われる男に向かって色々と指示を
出している。
そしてふと、最後に執事にこう言った。
「そうそう……。後、ちょっとネズミを退治しなくちゃ
いけないみたいよ?」
瞬間、リーは二人を抱えて跳躍した。
リー達のいた場所に鋭く何かが撃ち込まれ、壁をえぐった。
「…へえ…気づかれるとは思いませんでした」
二人を背にかばい、リーは術を解いた。
いきなり現れたリー達に対して、執事は一瞬まゆを動かしたが
すぐに手を二回鳴らした。
そして扉という扉から数人のボディガードと見られる
黒服の男達が現れ、三人はあっという間に囲まれた。
「な、なんであたし達がいるって分かったんだ!?」
ミクリィがあわてる。
「だって、ここにはない女の香りがあったんですもの」
女領主はさらりと言った。
リーははっとした。
常ににおいまで消している自分に対して
二人に消臭の術まではかけてはいなかったのだ。
常に単独で行動していた男の、リーの完全な
盲点であった。
徐々に包囲網が狭まってくる。
それでもリーは、この窮地を抜けるのは容易いと
思った。
「おとなしく投降しなさい。そうすれば……あら」
リーを改めて見た女領主が、つかつかとリーに
近寄ってきた。
思わずリーは警戒する。
そうしてじーっとリーを見た女領主は
「……いい素材ね…」
と言い、そして
「……そうね、彼が私の配下についてくれるっていうの
なら、今回の件、なかったことにしてあげるわ」
と言った。
「は、はいぃ!?」
「は、配下……ですか…っ?」
二人が驚く。そして何か言う前に。
「お断りします」
とリーははっきり言った。
リーは、すでにボディガード達や執事は倒していた。
「すみません、手荒な真似はしたくなかったんですが……
とりあえず気絶しているだけなので」
「……そう」
そうして、二人はお互いに牽制しあった。
リーは、自分には遠く及ばないながらも、この女領主が
ここで一番の使い手であることを見切った。
この女領主を倒すことは容易い。
だが、情報を上手く聞き出せるかが問題だ。
見たところ、そのようなタマではなさそうだ。
魔法を使って心を探るなど、方法はいくらでもあるが
それではリーは納得しない。
もし万一遺恨を残そうものなら、それは治安を乱す
マイナスエネルギーになる可能性があるからだ。
どうしたものかとリーが思案していると
後ろから二人がリーの前に出た。
驚くリーを後ろに二人は、
「勝手なことばっかり言わないでよ。リーは
あたしの剣の師匠なんだから」
「た、確かに勝手に上がっちゃったのはすみませんが
そ、それでもリーさんを渡すことはで、出来ません…っ!」
と言った。
「…お二人共、下がってください。その方、この方々の中で
一番の実力を持ってます」
リーは二人に言った。
だが、二人は首を横に振って
「なら、ちょうどいい。一人だけなら、今度はあたしが
相手をする!」
「わ、私も……頑張ります…っ!」
「あ、いや……セイファ、あたしにやらせてくんない?
って言うか、セイファ武器持ってないじゃん」
「あ……」
ぽかんとするセイファの背を押して、リーの後ろに
持っていった後、ミクリィは剣を構えた。
「……仕方ありません。私の見立てではおそらく
ミクリィさんより、残念ながら向こうの方が上手です。
勝負している最中にミクリィさんがどれだけ
成長出来るか、と言ったところでしょう」
とリーはミクリィに言った。
ミクリィはうなずいて
「それで当たり前。最初から勝てるって分かってる相手と
勝負したって、早く強くなれるとは思ってないから」
とリーに返した。
「……いつまで待たせるの?最初はあなた?」
待ちくたびれた女領主がミクリィに視線を向けると
ミクリィが応じた。
「ああ」
言いながらミクリィは、前の女領主から見えない
圧力なようなものを感じた。
会話の最中に不意打ちを仕掛けようかと
考えたが、この相手には通じない、そんな予感が
ミクリィを突き抜けた。
あえて相手に応えることで、ミクリィは
相手の出方をうかがう気である。
「じゃ……遊んであげようかしら」
言うと女領主は指揮者のように腕を振り上げた。
とっさにミクリィは右へ、セイファを抱えたリーは左へ
避けた。
避けた後に何かが突き抜け、後ろにある扉に穴が開いた。
「ちょっとは面白いみたいね」
女領主が腕を振るうたび、部屋の損傷が増える。
女領主が使っていたのは、手に持っている鞭であった。
ミクリィは地面を4度5度と転がる。
鞭はミクリィに直撃はしていないものの、何回かは
かすっていて、しかも絶え間なく瞬発力を使った
ミクリィの息が上がってきた。
その間も容赦なく鞭の嵐がミクリィ目がけて降り注ぐ。
ならばと、ミクリィは鞭が手元に戻ってくる一瞬の隙を
ついて、素早く女領主の懐に潜り込んだ。
「危ない!」
リーは叫んだ。
女領主はもう片方の手に短剣を隠し持っていた。
女領主の顔がにやりと笑う。
キン!と高い音が鳴った時には
リーが両者の間に入り、女領主の短剣を
てのひらの魔力障壁で阻んでいた。
「…ミクリィさん、交代です」
リーはミクリィに言った。
ミクリィは肩で息をしていたが
「……あーい、確かにあたしはまだまだだね。
降参降参。今リーがいなかったら確実に
負けてたわ」
と素直に負けを認めて、剣を握ったまま両手を上げた。
そして、女領主も両手を上げた。
「そうね、私も降参だわ」
びっくりしたセイファが聞いた。
「な、なんでですか……?」
演技という可能性もあってリーは油断していないが
女領主から敵意は雲散霧消していた。
女領主は自分の頬を無言で指差した。
そこは少し切れていて、血がうっすらと滲んでいた。
「女の顔に傷つけられたら、私は女は負けと思ってるの。
今まで私の顔に傷つけた人なんていないわ」
それにと続けて、
「この傷がもっと深かったら、本当に負けていたのは
私の方かもしれない」
と女領主は言った。
「いいわ、もう好きにしなさい」
となぜか女領主は服を脱ぎ始めたので
リーと二人はあわててそれを阻止した。
「…勘違いしないでください。私達はそのような目的で
ここに来たんじゃありません」
「分かってるわよ、ちょっとした冗談よ」
ふふっと女領主は笑う。
ちなみにまだ服は半脱ぎで、ここにいる唯一の男性である
リーを挑発しているようだった。
ちなみにリーには一切その類は効かない。
苦手な、ともすれば嫌いな人間の体を見たって
作品名:AYND-R-第二章 作家名:天月 ちひろ