AYND-R-第一章
リーは素早く気配を消しつつ、魔法で洞窟の全体を把握した。
広さは大体先ほどまでいた町の3分の1程度、そこまで
深い洞窟ではない。
だが、不穏な気配が30人くらいある。
リーは何か予感がしていた。
リーは素早くチップの修理をした。
元々はセイファの家でほとんど終わっており、修理は
数秒で終わった。
リーはチップを起動させた。
そして通信画面にイルの姿が映る。
「…リファインドです。「対策班」ですか?
連絡が遅れて申し訳ありません」
「――イルです。一体何があったんですか?」
チップの向こうに見えたイルは、ちょっとやつれていた。
おそらく夜通しで、何か方法はないかと探ってくれたのだろう。
それに心配をかけての心労もあると見える。
リーは申し訳なく思った。
「…申し訳ありません、チップが世界越えの際に
損傷を受けたようで、すぐには使えませんでした」
場所柄、大きな声を出せない。
イルもそれを察知したのだろう、音量を合わせてくれた。
「チップの損傷…。初めてですね。原因はなんだったの
でしょう?」
「…おそらく、世界越えの際の魔力の過剰放出かと思います」
イルはうなずいた。
「…なるほど…分かりました。こちらも連絡がないので
異常があったと思い、色々対策を実行していました。
実際、もう少しで二人目の「裁断」がそちらに
向かうところでした」
「…そこまででしたか」
リーはそこまで大事になっているとは思わなかった。
これまで常に「裁断」は世界に一人派遣されるもので
二人「裁断」が派遣されることなどなかったのである。
「裁断」の個々の戦力は、軽く一つの世界の未来を
変えてしまうほどである。
それが二人もとなると、相当なことになるのだ。
「はい。他の世界に行っている「裁断」の方に連絡が
行っていて、向こうも何とかして事態の解決を
急ごうとしたみたいです」
「…余計な心配をかけました。その「裁断」の方に
謝って、急いて解決には向かわず、自分のペースで
事に当たってくださいと伝えてください」
「分かりました。…まあ、もう連絡入れてペースは
戻ってるようですが」
「…本当に申し訳ないです」
リーは自分が少し不甲斐なく思った。
これならば、何に置いてもチップの修復を最優先と
すべきだったと反省した。
「いえ、謝らなければならないのはこちらの方です。
実際「裁断」の方に頼らなければ何も出来ないのですし…」
リーは少し驚いた。
無表情のイルが、本当に申し訳なさそうな顔をしていたからだ。
リーは言った。
「…そんなことないです。私も「支援」の方がいないと
動けませんから…。それで、至急、私がいる場所を
調べて、探ってもらいたいのですが」
「分かりました、少々お待ちください」
イルは無表情に戻ると、素早く手元の端末を操作し始めた。
そしてすぐにリーに情報が来る。
「……解析が完了いたしました。リファインド様が現在
いらっしゃる場所は座標x-21y-1005の洞窟です。
素性不明の方が何人か奥にいます。
そしてこれは……猛獣?」
イルが語尾を上げて言葉に詰まった。
イルが操作している端末は、リーのチップと「対策班」の
魔力によって、あらかたの形や魔力密度などの情報が
調べられるのだ。
「猛獣…ですか?」
リーは聞き返した。
「…未確認ながら、猛獣の類と思われます。
横2メートル縦8メートルの巨大生物で、形はライオンに
近いです」
「ライオンですか…」
おそらく、この洞窟の主か、誰かが意図的に飼っている
生物だろう。うめき声の元もこれの可能性が高い。
「推測ですが、この猛獣が解き放たれると
近隣の町村に被害が出るかと思われます」
「…おそらく甚大でしょう」
イルの推測にリーは同意する。
「…探ってみます」
「お気をつけて」
チップでの通信を切り、リーは洞窟の奥を目指した。
そして進んだ洞窟の奥で、リーに男と女が話していると
思われる声が聞こえてきた。
「………何をする気!?」
その中でも女の声はより一層大きく聞こえた。
どうやら女は男の仲間ではないらしい。
男の目的を聞いていたが、女は軽くあしらわれ、男の気配が
奥に消えた。
次の空間が女一人の気配になったのを察知して
リーは気配を消して、その空間へ滑り込んだ。
女の声の主は、洞窟に埋め込まれた柵によって出来た
半天然・半人工の牢の中にいた。
というか女は、セイファと同じくらいの少女だった。
だが、セイファの服装が村娘だったのに対し
この少女は鎧を着ている。
牢の外の離れたところに、似た装飾の剣があったので
おそらくは剣士なのだろう。
リーはそう思った。
少女剣士はリーの気配に気づかず、悔しそうに
うつむいている。
何も出来ない自分の無力を恥じているようでもあった。
リーはそのままその少女を通り過ぎて、男を追った。
今あの少女に大声で呼ばれたら、ここの男達の目的が
あやふやなまま、戦闘になりかねない。
今のままでは、リーは完全に無断侵入してきた不審者である。
男にとっては一も二もなく、それはリーを排除出来る
大義名分となる。
相手の男が害意のある者か、ない者か判断する前に
こちらは仕掛けることは出来ない。
牢の少女が害意のある者である可能性もあるのだ。
リーは慎重に男の気配を追った。
追った先には気配が充満していた。
(…30…32………33…)
リーは男の数を正確に見切った。
だが、いざとなれば広範囲魔法で仕掛けられるリーには
あまり関係ないのかもしれない。
その時、男達のまとめ役、つまりボスや首領などと
言えばいいのか。その首領らしき男が口を開いた。
話の内容は、リーやイルが想像した通りで
特殊な方法で手に入れて育てた猛獣を解き放ち
混乱した町村の金品強奪が目的だった。
リーはチップに向かって、
「敵を確認しました。これより攻撃を開始します」
とつぶやいた。
「分かりました。気を付けてください」
チップからは少し心配そうなイルの声が返ってきた。
それを聞いて、リーはもしかしてイルは
感情表現が自分と同じく、あまり上手くない方なのかと
思ったが、すぐに意識を前に向けた。
そして魔力を集中する。先手必勝。
相手は慈悲を必要とする存在ではない。
「…サンダープリズナブル!」
リーの愛用の杖の先から解き放たれた魔力は
男達の頭上で炸裂し、大きな雷となって降り注いだ。
だが、倒したのは約20人くらいで、残りはまだ
無傷で残っている。
リーはわざとそうした。
「…申し訳ありませんが、先ほどの計画、聞かせて
もらいました」
リーは言った。
そうなれば、猛獣の出番である。
わざと人数を残したのは、自分から猛獣退治に行って
万一その未確認の猛獣から不意を突かれないためと、相手から
出してくれることでその手間を省くためである。
猛獣はイルの情報通り、超大型のライオンのようなものだったが
それも、リーの魔法一つで終わった。
首領と思われる男を残して全員気絶させた後
作品名:AYND-R-第一章 作家名:天月 ちひろ