AYND-R-第一章
だが、リーはそれどころではなかった。
一人暮らしの少女の家に案内され、表面には出ていないが
内心震えている。
これまでは「支援」があったから少しは気がまぎれた。
今回は正真正銘の一対一である。
リーはそっと息を深く吸い込み、気を落ち着けた。
自分は任務のためにここにいる。
目の前の少女から情報を聞くこと。
そう思えば幾分か気が楽になった。
「え、えっと…今から夕食の準備をしますので…
ちょ、ちょっと待っててください…」
そう言って、台所で調理を始めた。
部屋の壁にそってつけられている台所であり
今座っている椅子とテーブルから丸見えである。
手際は格段に良かった。話し声からは想像出来ないほど
包丁さばきは軽く、フライパンで野菜と肉を炒める。
ボウルで素材を混ぜ、まな板で整え、鍋で煮込む。
あっという間に、美味しそうなにおいをのぼらせた
ごちそうが出来上がった。
「…すごくおいしそうです…。…頂きます」
「は、はいどうぞ…。お、お口に合うか分かりませんが…」
少女はおずおずと言った感じで、でもリーをじっと見つめた。
明らかに反応を待っている目である。
リーはそれを気にしつつ、料理を口に運んだ。
「…すごくおいしいです」
リーは笑い顔をつくって答えた。事実、すごく
おいしかったのである。
「よ、良かったです…」
ほっと胸をなでおろしながら、セイファも食事を始めた。
食事後はお風呂ということになった。
リーは落ち着いた心がまた青ざめるのを感じた。
「…でも、この場合ってどっちが失礼にならないんでしょう?」
リーは純粋に疑問に思った。
何に対してかというと、お風呂に入る順番である。
リーが先に入れば、リーの使ったお湯をセイファが
使うことになり、後に入れば、セイファの使ったお湯を
リーが使うことになる。
少し話し合った末、セイファに先に入ってもらうことにした。
一番風呂を客が使うのが申し訳なく思ったからである。
セイファがお風呂に入っている隙を見て、リーはチップの
修理を始めた。
(……Fの2……と……Kの6……の損傷ですね)
魔力でざっとチップの損傷を確かめる。
一度分解すると、確かにその部分が焼き切れていた。
世界越えの際、その膨大な魔力に耐えきれなかったようである。
普通はそのようなことはないのだが、今回の場合は
リーの大きすぎる魔力と、女性職員達の魔力が合わさって
許容量を超えてしまったようである。
その結果にリーは苦笑いをした。
セイファのお風呂が終わり、リーも入浴を済ませた。
結局チップはまだ直ってないが、後少しで直りそうだ。
そして就寝の際、新たな問題が発生した。
セイファの家は、大体半分が道具屋の店で、もう半分に
台所やお風呂がある。
寝る部屋が道具屋の店を除くと、ここの一つしかなかった。
さすがにリーはセイファに言って、道具屋のところで
寝かせてもらえるように言ったが、道具屋の床は
外履きで入るため、そこで客を寝かせるわけには
いかないという。
そのような各個たる理由があって、リーは断れなくなったが
「…あんまり年頃の家に男性を上げるべきではないです」
と言った。
一瞬「?」となったセイファだが、その意味を察したらしく
顔を真っ赤にさせている。
「で、でも、ならリーさんが……そ、その、そ…
そ、そういうことを…するのですか…?」
「…断じてしません」
リーはきっぱりと言った。
セイファは、ちょっと残念なようなほっとしたような顔になると
そのまま寝てしまった。
リーはよくこの状況で短時間で寝られると思った。
リーの方はまだこの環境の変化に慣れず、眠ってない。
2、3日寝なくても、または過酷な状況下でも
魔法で何とか出来るリーだが、この状況を魔法でどうにか
出来るとは思わなかった。
自分に睡眠効果のある魔法をかけても、何か違う気もした。
その「違い」の中には、何でもかんでも魔法に頼ってしまう
ようになってしまう、そんな危険なにおいもした。
だが、リーも張りつめていた神経が徐々にほぐれていくにして
今まで張っていた反動か、段々と眠りに落ちていくのだった。
その夜、リーは夢を見た。
夢の中でリーは、数年前のリーになっており
どこかの人混みの中にいた。
リーは苦しんでいた。原因は不明だが、どこかが痛いのか
熱でもあるのか、リーはたまらずその場に倒れた。
だが、待ち行く人はリーには気づかない。
リーなど初めからどこにもいないかのように歩いていく。
リーは人混みの足音がやけに大きく聞こえた。
そして、リーは目が覚めた。
夢の中での感覚・記憶が段々なくなっていくのに対して
現状の場所と記憶が蘇ってきた。
(……よくこの状況で眠れましたね、私…)
自分自身に少し呆れながら、セイファに視線を向けて
すぐ戻した。
寝姿を勝手に見るのを失礼と思ったのと、セイファの
寝巻の襟元が少しだけ開いていたからである。
ほどなくしてセイファも目覚めた。
朝食をもらい、礼を言ってから立ち去ろうと思った矢先
セイファが思い出したように言った。
「そ、そういえば、ちょっと切れている薬草を取りに
いきたいのですが、ち、ちょっと怖い場所なので
そこまで一緒に行ってくれませんか…?」
リーとしては一宿一飯の恩義がある。
それに、ちょうどそこは調査しようと思っていた場所に
近かったため、リーはすんなりと了承した。
そして二人は、その場所に到着した。
そこは二人が最初に出会った森のはずれで、近くには
洞窟があった。
セイファの話によると、ここには定期的に取りに来ている
薬草があるのだが、最近ここの洞窟からうめき声のようなものが
聞こえてくるという。
リーは町で聞いた噂話を思い出した。
ここは町からみて北西。
おそらく噂のうめき声の発生源はここだと思った。
「…ありがとうございます。…それでは、セイファさんとは
ここでお別れですね…」
リーは内心、ほっとしていた。
今までの任務も「支援」以外はほぼ単独で行動してたので
誰かと一緒にいると動きづらかった。
しかも「組織」のこともトップシークレットなので
うかつには言えない。
…言っても信じてもらえるか、理解してもらえるかは
謎だが。
「は、はい…。そ、その、ここまでついてきてくれて
ありが――」
セイファはそこで声を切った。
洞窟の中に人が入って行くのを見たからだ。
それも昨日のような大男が数人。
リーはセイファが気づく前に、気配を察知している。
そしてそれと同時に、何かの「荷物」も洞窟の中に
運び込まれた。
少しして、洞窟からうめき声が聞こえた。
「な、な、な……なんでしょう……っ?」
セイファは怯えながら言った。
もちろんリーには分からないが、このまま見過ごしていい
相手ではなかった。
「セイファさん、あなたはここから離れた方がいいです。
私はちょっと用事があるので。ご飯と宿を提供してくれて
ありがとうございました。…では」
リーはそういうと、跳躍して一気に洞窟に迫った。
驚いたセイファが止めるまでもなく、リーはそこから消えていた。
作品名:AYND-R-第一章 作家名:天月 ちひろ