AYND-R-第一章
通常ではまず他の世界に干渉することなど不可能、または
他の世界が存在することすら知らないくらいなのに
今回の「力」は複数の世界を消せるという。
しかし、そういう任務がここでは常なのである。
「…分かりました。では、今回の任務はその原因・出所不明の
魔力の調査と減少…ですか?」
リーは地図を見ながら言った。
…リーは人を直接見るのも苦手である。
「はい。察しが早くて助かります。
「ヴァリル」の人口は約3000万。魔法も初歩ながら
普及していますが機械の類はないようです。文化レベルは5。
各町村の治安に対するものはありましたが、機能している
ものと、そうでないものがありました。自然は豊富な方です」
イルは淡々とリーに説明していった。
イルは大半が無表情であるが、別に不機嫌なわけではないようだ。
逆にリーにとっては笑顔で近づいてきた者の方が
心に別の目的がある気がしている。
イルの無表情はそのままイルそのものを写してあり
リーはイルが嘘をつくことは少ない、またはつけないのでは
ないかと思った。
「…承知致しました。クラス「裁断」リファインド、任務に
向かわせて頂きます」
「よろしくお願いします。…必要なことは後で私が
追って説明致します」
互いに礼をするリーとイル。
「ちなみに他の「裁断」の方は、他の世界の任務、あるいは
所用で外れております。そして今回の任務には
リファインド様が適任だと思い、お呼びしました」
先ほど挨拶した女性職員が、リーに言いながら少し大きな
リュックサックを持ってきた。
「必要物資はここに一通り、収納の魔術で入れさせて
頂いております。リファインド様なら、難なく出し入れ
可能でしょう」
「…ありがとうございます」
リーは女性職員に向かって礼をした。
「「支援」は先ほど言いました通り、今現在、他の任務の方の
サポートもあるので、総出でリファインド様のサポートを
するわけにはまいりませんが、私達がサブサポートを
務めさせて頂きます」
見ると、女性職員の後ろに何人かの女性職員が集まっていた。
…気のせいか、イルと同年代の容姿の少女が多い気がする。
先ほどの女性職員も、その少女達のわずかに年が1つか2つか上
と言ったくらいだろうか。
「よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
女性職員の後、後ろの少女たちが声をそろえて言った。
「…よろしくお願いします。「支援」からのサポートは
命綱です。ありがとうございます」
リーは深々と礼をした。
これはリーの本心である。これまでも任務で「支援」には
何回も助けられてきた。
彼女たちの容姿からは戦力は図れないが、必ずといって
いいほど、貴重な戦力だ。
「…それでは、任務に向かいます。…世界越えの魔術を
使用させて頂きます」
あらかじめ地面に置かれた紙に、魔方陣が書かれている。
リーはそれの中心に立つと、イルを含めた女性職員達が
周りを囲んだ。
「私達も微力ではありますが、お手伝いをさせて頂きます。
世界越えに使用される魔力は、相変わらず膨大ですから」
「…ありがとうございます」
リーは礼を言った。
リーはそれでも世界越えを一人ですることが可能である。
別に疲れもしないし、魔力を使いすぎることもない。
しかし、ここで断る言い方が思いつかなかった。
リーは人間関係が苦手なゆえに、必要な場面以外では
流れに身を任せることも多かった。
「…それでは!」
リーを中心として膨大な魔力が広がった。
他の女性職員は少し驚きながらも、リーに魔力を送り続けた。
(…っと)
リーは間もなく、世界「ヴァリル」に到着した。
時間は元いた世界とほぼ同じらしく、ちょうどお昼過ぎくらい
だった。
(…さて)
リーは渡されたリュックから、まずは「支援」とつながる
無線チップを取り出した。
これは、チップの形をしているが、必要とあれば
音だけ伝えたり、映像を双方に伝えることが可能な形に
変化する。
そして、チップを取り出したリーは驚いた。
なんと、そのチップが壊れていたのである。
リーは考えた。
「支援」が危険極まりない「裁断」の荷物のチェックを
怠るとは思えない。怠ったら「支援」ではない。
だとしたら世界越えをした際に、何らかのはずみで
壊れたのか。
少なくとも、いつもそうだが、万一に備え
事件の大本に気付かれないために、世界越えを
何回もすることは出来ない。
つまり、一旦戻ることは出来ない。
イルは「ここの世界には機械がない」と言っていた。
それに、この世界の専門家に見せてもおそらく分からないのと
安易に見せてはいけないという決まりが「対策班」にはある。
組織のこういったものは極秘のものであり、安易にその
世界の文化などを急成長させると、世界が混乱する恐れが
あるからだ。
リーは早々に結論を出した。
つまり、今回「支援」なしで任務を遂行するか
自分でこのチップを直して組織との連絡を確保するか。
おそらく向こう側も、こっちがすぐに連絡しないのに気付いて
色々対処策を練り始めているだろう。
だが、「裁断」のメンバーでもない者が世界越えを出来るとは
思えない。
見たところ、そこまで深刻に壊れているわけではなさそうだ。
落ち着ける場所と時間があれば、魔法を使いながらで
なんとか出来そうに思えた。
(…とりあえず、ここがどこであるか、ですが…)
リーは周囲を見回した。
どこかの森の中のようだが、近くに人工的な道が作られており
人の出入りがあるようだ。
世界越えをするときには大体の座標を合わせるが
その膨大なエネルギーのため、照準が多少ずれる。
リーは、現在いる場所が地図で見た森の一角である
可能性が高いと思った。
…もし、今回の事件の大本に気付かれて、何らかの形で
世界越えを邪魔されていなければ、であるが。
(…とりあえず、道は通らず、その上の森の地帯を道なりに
進んでみましょう。…確か町があったはずです)
町ならば、情報が集まりやすい。それこそ人と話さずに
噂話や看板や、そこの治安などはすぐに把握出来る。
そしてリーが移動しようとしたとき、ふいに声が聞こえた。
「…や、やめてくださいっ…!だ…だれか…っ――!」
リーは声のした方向に顔を向けた。
大分離れているが、遠くに荷車を背に庇っている少女が
数人の大男に囲まれている。
それを見て、リーは頭を抱えた。
(……やれやれ。いきなり何か、よくありそうな展開が
目の前で起きるなんて…)
リーは頭を振るが、目の前の少女を救うことは
任務につながることでもあった。
こういった世界規模の事件は、余波で各地の
治安が乱れやすいのだ。
直接的でなくても、間接的に、それこそ気か魔力でも
伝わるのか。
そうして乱れた治安を直していくと、大きい事件に当たり
やがてそこから事件の原因につながっていくことが多いのである。
リーは仕方なしに、風の魔法で一瞬で距離を詰めた。
それに、ちょっと聞きたいこともある。
「…あの、お取込み中すいません」
作品名:AYND-R-第一章 作家名:天月 ちひろ