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メドレーガールズ

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  浦北水泳倶楽部


 浦風中学校水泳部のエース、新宅真由は妹の真美と共に市内にあるクラブチームに所属していて、学校の部活に参加する傍ら、放課後も夜になると駅近くのプールに通っている。 
 両親が飲食店を経営していて、家で留守番するより運動するのがいいだろうといったところから水泳を始めたのだが、恵まれた体格と貪欲な練習量で頭角を現し、実力ではキャプテンの律子を凌ぐ程になった。その律子とは小学生の頃からこのスクールで知り合い、得意種目が自由形とバタフライと同じで互いに切磋琢磨してきた間柄だ。
 一方の律子は小学校卒業とともにスクールも卒業したが、将来オリンピックなど大きな大会で戦う道を目指した真由は中学入学後も上位団体であるクラブチームに入り、浦風中学校水泳部に所属する傍ら日夜練習に励んでいた。それが実を結んで、去年のメドレーリレーでは二年生の中では唯一代表の座を射止めたのだ。
 今日も駅前にある「浦北水泳倶楽部」は男女多くの選手が黙々と各レーンを泳いでいる。さすがは全国を目指すクラブだけあって、選手一人一人の体格がよく、中学では頭一つ出ている真由でもこの中では平均的なサイズになってしまう。学校では言っていないが、平均的なのはサイズだけではなかった――。

 真由以外のメンバーも各々の学校で大会の日程や概要を聞き、お互いがプールで口を開けばその話で持ちきりだ。普段はチームメイトである彼女たちもその日ばかりはライバルになる。それだけでなく、大会は高校の推薦入試や、クラブのレギュラー争いにも影響するので、仲間と言えど腹の探りあいをしているのだ……。
「真由は今年もフリーで出るの?」
 プールサイドで三年生チームの五人は中休みしていた。話を切り出したのはリーダーの村崎華枝(むらさきはなえ)と林 菜々子(はやしななこ)、浦風中学校の隣の北原中学校の生徒だ。このクラブでは不動のレギュラーで、国体を狙える程の実力を持つ自由形と平泳ぎの選手だ。公立の中学ながら毎年選手層が厚く、去年のチャンピオンでもある。
「いいよね、真由は。浦中で」
 皮肉っぽくぼやいたのは波多野 梢(はたのこずえ)とリサ天野。バタフライと背泳の選手で、こちらも名門・私立の聖橋(ひじりばし)学院の生徒だ。中高一貫校で、高等部の水泳部はインターハイの常連で県内でも有名だ。
 立地場所的にクラブはこの二つの中学校の生徒がほとんどで、女子は新宅姉妹の二人だけだ。
「ウチもウチで厳しいんだよ」
 真由が答えるが四人は真剣に聞いていない。口には出さないが、この中では一番実力に劣る真由だけが去年の大会に学校の代表で出場できたことを妬んでいる。直接彼女を責めているのではなく「学校に恵まれている」と遠回しに言っているのが真由にもわかり、言い訳っぽくなると思いそれ以上話すのをやめた。
 今年はエース級を二人抱える北中と聖橋が覇権を争うのが前提で話が勝手に進み、真由はこれ以上輪の中に入ることはできず、休憩を早めに切り上げて逃げるようにレーンに戻った。

「みんな意地悪だ――」
 真由は奥歯を噛み締めて水に飛び込んだ。浦風中学校のエースでも、ここではレギュラーすら危うい位置にいる。
 身体は大きいのに、実はプレッシャーに弱い。先月クラブの競技会でこのメンバーで自由形リレーに出場した時の事だ、アンカーの華枝が急遽欠場することとなり代役として真由がアンカーをつとめたがこれが大誤算、三泳までトップだったのが結果は三位、以来リレーではレギュラーから遠ざかっているのだ。
 ここでは速い者が評価される。それは序列があることを意味する。それを受け入れられない者はここにいる資格はない。上がりたければ努力する、工夫する。シンプルでシビアだ。
 真由はこの中では低い位置にいる。始めからそうだった訳ではない。そしてこのままでいることを望んでいない。

 学校で帆那や望からクラブチームの事はよく聞かれるが、それについては絶対に言えない。チームの士気が格段に落ちるのが明らかだからだ。何でも話せる仲間であるはずなのに、隠していなければならない事がある。
 その上学校では直接ぶつかり合うようなライバルもいないので、真由の実力が大きな期待に変わってしまう。ここでは先ず受けないような厚遇に尚更自分の事は言い出せない――。その事が足枷となって、最近の真由は自分の胸を痛めていた。

 真由はこの先、聖橋で水泳を続けたいと思っている。だが、名門の私立高校だけに当然学費も高く、親に負担をかけるのは百も承知だ。出来ることなら大会でアピールして、推薦で入りたい。いずれはみんな同級生になるかもしれないチームメイトと仲良くしたいのに、残念な事に対等に話せるほど実力が伴っていない。
 彼女たちに認めてもらうには練習で見返すしかない、なのになかなか結果がでない。日頃律子が学校で呪文のように繰り返して言う「気持ちで負けたらダメだ」の意味は痛いほどよくわかっているが、クラブの中では既に気持ちで負けており、学校で意気込んでいる帆那たちを見て今一つ同じようになりきれていなかった――。

作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔