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メドレーガールズ

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  指定席


「帆那ぁ、いる?」
 夕食前のひと時、私は目の前に突如現れたライバルの出現にやきもきし、取るもの手に付かず、部屋で漫画でも読みながらボーッとしていると、ベランダの方から私の名前を呼ぶ声がした。 
「待って、今出る」
 私はスリッパを履いてベランダに出る。隣に住む律っちゃんは話がしたいときはいつもこうしてベランダから私を呼ぶ。勿論その逆もある。小さな社宅の3階の隣どうしに住んでいるから、大声を出せば勿論のこと、夏場だったら普段の声でも聞こえてくることがある。
 私と律っちゃんは物心ついた時から隣どうしでいつも一緒だった、幼稚園も、小学校も。お互いの家にはノックなしに入れるくらいの間柄で、社宅住まいだから当然なんだけど、お父さんもたちも会社の同僚で、とても仲がいい。
「お待たせー」
 私はベランダの端っこから顔を外に出すと、同じように律っちゃんも隔壁板の向こうからニョキっと顔を出した。後頭部にきれいに丸めて乗せたシニヨンが律っちゃんのいつもの髪型だ。これならキャップに髪を入れる作業が楽なのでいつしかこの髪型が定着したらしい。
「宿題やった?」
「ううん、まだ。律っちゃんは?」
「私も、まだ」
 私達は並んで外を見下ろした。仕事帰りのお父さんの姿がちらほらと見える程度で、人通りは静かだ。 
 ここは私達二人の「指定席」だ。二人だけの秘密、悩み事、学校の事や部活の事、好きな男子のことなど、誰にも聞かれず何でも話ができる場所だ。
 以前ここは三つ年上のお姉ちゃんと同じく律っちゃんのお兄ちゃんの指定席だったけど、二人とも高校に入学し、携帯電話を持たせて貰うようになって、この場所は私達に譲られた。
「帆那、顔に書いてるよ……」
「何が?」私は作り笑いをするけど、律っちゃんはお見通しのようだ「ぶっちゃけ、キツいよ……」
「そうしょげるなって」
 今日の放課後のことだ。プール開きでテンションが上がり、このまま大会まで持って行きたかったところに真美というライバル出現の話だ。勝負をして勝てるかどうかは正直自信がない。律っちゃんは私が言わずとも分かっているからベランダに私を呼び出したのだ。
「真由から話聞いたけど、五分五分くらいよ」
 私は黙ったまま階下を見下ろした。律っちゃんが五分五分という事は「厳しい」ということだ。ギリギリのところを言って奮起させて、諦めの早い私をいつもそうして助けてくれる。これがのんたんなら具体的なデータを出してハッキリ言うところだ。
「でもここで……」二人とも全く同じタイミングで顔を見合わせて、同じ言葉が出た。続きは「諦めたらおしまい」だ。これも同じタイミングでお互いの顔を指差した。
「あたし、どうしたらいい?」
「それなんだけど……」律っちゃんはさっき私がボーッとしている間に色々と考えていたようだ。その辺がやっぱりキャプテンの品格だ。
「真由が言うには、真美ちゃんはブレストは苦手らしいんだ」
「えっ?」私は思わず声を上げた「じゃあ何でトライアルはブレで出るの?先生も酷だなぁ」
 真美ちゃんは元々個人メドレーの候補だ、四泳法どれもできる。私が今日見た限りでは平泳ぎが苦手だとは到底思えなかった。それで勝負に負けたら悔しさ百倍じゃないか。
「先生の言うことだから意図があるんだろうけど、私もわからないんだ」
 キャプテンとして先生から個別に色々と指示を受けている律っちゃんだけど、その言葉には裏は無いようだ「とにかく、帆那が勝つためには『気持ち』よ」
 律っちゃんは去年のトライアルの話をした。そういえば去年、律っちゃんはバタフライでトライアルに挑戦したのだ。結果は先輩に敗れはしたが善戦した。
「私には気持ちが足らなかった」律っちゃんは去年を総括した。
 続いて自由形のトライアルを引き合いに出した。去年真由は自由形で見事代表の座を射止めた。その時私の目に映ったのは、勝った真由より負けた先輩の方だ。クールな先輩が周囲を気にせず大声で泣きじゃくったのを部員全員が見ているから、それが強く印象に残っている。先輩があそこまで泣きじゃくったのが、たった今自分の事のように分かった気がした。
「あたし――、勝ちたい」先輩もそうだったろうけど、私も負けて泣きたくない。そう思い律っちゃんの顔を見ると、律っちゃんは目を大きく見開いて私の顔を見ていた。
「そう、それを待ってたの。私も同じ勝つなら三年生四人で勝ちたいもん」
「でも、真由は複雑だろうなぁ――」
 私は真由の気持ちを想像した。レギュラーを争うのが私か妹となると、どちらを応援するだろう。本当は自分を応援して欲しいけど、真美ちゃんを応援してもそれを責める事は出来ない――。
「帆那、帆那ってば!」考えに耽っているところに横から律っちゃんの声が聞こえた「だからさ、そんな事は考えないでトライアルまでは自分の事を考えるんだってば」
「あ、そうだったね。一番になるんだった、相手が誰であっても」
 お互いに笑いあって、完全に陽が落ちた空を見上げた。町の光に負けまいと、星が一つ、また一つと瞬き始めた。

「おーい、律っちゃーん、帆那ぁ」
 階下から私達を呼ぶ声がした。声がする方を見ると、のんたんが自転車に乗って私達の方に向かって手を振っていた。今日は火曜日だから、今から私の社宅の前を通って塾へ行くところだ。長い髪、縁のある眼鏡を掛け、ワンピース姿ののんたんは、プールにいないと水泳部員には勿論、体育会系という感じにはとても見えない。
 私達は時計を見ると、塾の時間にしては少し早いような気がした。
「のんたーん、今日は早いんだね」
律っちゃんがベランダの真下まで来たのんたんに声を掛けた。
「うん、帆那のことが心配でさぁ」
 のんたんも私の事が気になって、塾に行く前に家の前を通り、私達がいれば声を掛けようと思っていたみたいだ。
「あたしは大丈夫だよ」
 笑って手を振り返すと、のんたんの笑顔がここまで伝わってきた。本当に信頼できる仲間が私にはいる。それだけで私は力を貰ったような気になれた。自分のためというよりも、今まで辛い時も一緒に乗り越えて来た仲間の期待に応えるためにも、これからおよそ半月後のトライアルに目標を定めて、考えられるすべての手段をとろうと思ったと同時に、律っちゃんをジョギングと基礎トレに誘っていた――。

作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔