小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

メドレーガールズ

INDEX|32ページ/48ページ|

次のページ前のページ
 

「書道(パフォーマンス)もね、リレーと同じでパートが決まってるのよ。任されたところは変わりが効かないんだ。全体で一つであって、どんだけ個人がスゴくても他のパートまでするわけじゃないでしょ?」
お姉ちゃんは私が言った短い言葉で今の状況がわかったようだ。
「要はチームよ。わかる?」太筆を硯に浸けながら話し続ける「チームがまとまってないと全部うまくいかないんだ」
 硯の墨を含んだ筆が真っ白の半紙に降り立ったかと思うと、筆はたちまちその上を踊り出し、立派な足跡を残した。

   一蓮托生

 お姉ちゃんが言葉を早口で読み上げる。私は初めて見る四字熟語だ。
「イチレンタ……?」
「一蓮托生(いちれんたくしょう)」呆れた笑いがこぼれた「良くも悪くも同じ運命にあるってことよ。一人が沈めばみんな沈むんだ」
「私がダメならみんなダメってこと」
「わかってんじゃん」お姉ちゃんはこれに自分で彫った角印を捺した「帆那の代わりは誰もいないんだ。帆那一人の気持ちでチームが負ける、それでいいの?」
 私はそう言われて返す言葉を考えた。すると頭の中に水泳部に入部してからのことが次々と浮かんできた。真由やのんたんと知り合えたこと、去年の選考会で後輩の真由の前で泣きじゃくる先輩、のんたんがタイに引っ越す事を発表したこと、その他一瞬の内に記憶の渦が私に大波となって飛び込んできた――。
 このままだったら自分の気持ちでチームが負ける。それが現実のものになると思えた。
「嫌だ!絶ーっ対に、嫌だ」
 私はからかわれたわけじゃないのに大声をあげてお姉ちゃんの顔を睨み付けていた。
「帆那、あんたの『志』は何?」
「えっ?そりゃぁ……」お姉ちゃんの質問に対する答えを考えた。どれも正解と取れる質問だけにすぐに答えが出ずに、その場でモジモジしていた
「そうだね……、リレーで勝つことだけど」
「そんなのみんな一緒だよ」お姉ちゃんは大きく首を横に振った「みんなは勝つためにもっと先を見てるよ」
 そういいながらお姉ちゃんは今度は細筆を滑らせて何かを書き始めた。
 

   何の志もなきところにぐずぐずして日を送るは実に大馬鹿者なり 

「こんなんどう?」お姉ちゃんはどうだと言わんばかりに、半紙に書いた名言を私に突き付けた。流れるようで且つ力強い字。書道部だけに素晴らしく達筆だ。
「これは坂本龍馬の言葉よ。今の帆那に贈るわ」
 姉は今度の書道パフォーマンスでの出し物を考えていて、色んな偉人の名言や格言を書くもんだから、当然詳しい上にいっぱい知っている。これにも角印を捺して私に渡してくれた。
「帆那は負い目を感じているからバラバラに見えるんだよ。帆那は既に一つのパートを任されてる、て言うかもうチームの一部になっちゃってんのよ。私が言う『志』は、何のために勝つかってことよ。帆那だけそれが見えてないんじゃない?」
 そういえば実力に勝る真由や律っちゃんは、私に上から目線で何か言うことは一度もない、いつだって対等だ。負い目を感じているのは私の方だけだ。本当のことだけどそれが間違っているのだろうか。
「他の誰とかじゃない、帆那でなきゃ駄目なんだよ。もうみんな一つになってるんだ」
「あたしでなきゃ、駄目?」頭をポリポリと書きながら笑みが溢れた「何か恥ずかしいな……」
とはいいながら私は自分に問いかけながら、お姉ちゃんのいう『志』を考えてみた。
「私……、みんなの喜ぶ顔が見たい。『志』かどうかはわからないけれど、自分が努力することで一つになりたい」
 自信無さげに呟いた。でもお姉ちゃんの耳にはちゃんと届いたようで、かき上げた髪のあとに見えた横顔から見えた優しい笑みがキレイに見えた。
「自信持ちなよ。みんなと喜びあいたい。それって立派な『勝ちたい理由』じゃん」
 お姉ちゃんはその言葉を待っていたかのようだった。言わせるのではなく、自分から言うのを導いてくれているような。
「みんなは帆那を信じてるよ。だけど不安なんだ、怖いんだ、でもって余裕もないんだ。だけどその中で帆那だけが出来ることもあると思うよ」
 ちょうどその時ケータイが鳴り、お姉ちゃんは素早く反応した。顔色と着信音でわかる、ここは部屋からすぐに出た方が良さそうだと思った私はあらかた乾いた半紙を手に一枚づつ持ち、足で襖を開閉した。

   「みんなの喜ぶ顔を見る、その中に自分もお邪魔させてもらう」

 これが私の「志」だ。負い目を感じているのは、自分だけが自分を信用していないからだ。私は部屋に入ると、さっきお姉ちゃんにもらった半紙を自分の机に貼り付けた。私たちの乗った船はもう海の真ん中にいる。既に一つになっていて、同じ方向に向かって進んでいるのだ。迷う暇があったら何かをしよう、そして自信を持とう。
「ごめんね、律っちゃん、真由、のんたん」
 私はもう迷わない、そしてぐずぐずしない。私はこの気持ちを律っちゃんにどうしても今すぐ伝えたくて、気が付けばベランダに飛び出していた――。


作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔