メドレーガールズ
「どうしたのよ、帆那。最近ダメダメじゃん」
「うん……」
陽は傾いてもまだまだ暑い下校道、隣に住む律っちゃんと歩いていた、並んだ影は長く伸びて、律っちゃんの方が頭のお団子の分だけ長く見える。私は下を向いたままいつまでも追い付かない影を追いかけ続けた。
「わからないんだ」正直な気持ちがこぼれた。面白い冗談を言って笑わせる元気も出ない。
律ちゃんはこんな時私を鼓舞してくれるけど、今は真由やのんたんの目が恐くて見られない。真由は真由で「やる気あるの?」って呆れて言いそうだし、のんたんはのんたんで具体的な数字を示して「このままじゃ勝てなさそうだよ」と冷たく言いそうだった。
言われなくても四人の中で自分が一番足を引っ張っているのはわかっている。誰よりも努力が必要だし、チームのウィークポイントである自覚もある。律っちゃんも、真由も、のんたんも私より一歩も二歩も前に進んでいるように見えるのが残念で、申し訳なくて、そして悔しい。先生の言う通り、自分で気付かないと解決しない問題なのだろうか。
何かが足らない――、何かが。
私が今わかっているのはその事くらいだ。
「じゃあ、また明日ね」
「うん……」
私は律っちゃんに力のない挨拶をして家に入った。社宅の玄関ドアがいつもより重い。
「ただいま――」
時計は七時になろうとしていた。陽が長いので遅いという感じがしない。お母さんはスーパーのパートに行ってて居間はシーンとしている。湿度が高い、外にいるよりも暑く感じるのが私のテンションをさらに下げていくようだ。
「お姉ちゃん、いるのー?」私はテーブルの上にあった溶けかかったチョコパイを一つつまみ、居間を抜けて奥の部屋に進んだ。私はそこから漏れて聞こえてくる音楽に誘われるように部屋の襖を開けた。
「おかえり、遅かったね」
私には3つ年上の玲奈という姉がいる。私と違って色白でオシャレで背が高く、勉強も学年で上の方で特技は珠算と書道と見た目も好みも文化系だ。今通っている高校でも書道部に入ってて、それは清楚で可憐なお嬢様と評判になりたいようだが、お姉ちゃんのいる書道部は、袴を着て、ホウキみたいな筆を持ってグループで紙の上を駆け回る、はっきり言って私にとってそれは体育会系だ。さらに、小さな社宅住まいでは「可憐なお嬢様」は夢物語だ。現実妹の私から見れば至って普通で、せいぜい平均よりはちょっと上ぐらいだ。
私がどれくらいの泳力があるかはカナヅチの姉にはわからず、律ちゃんのお兄ちゃんである廉太郎君から聞いて知っている程度だ。二人は同じ高校の同級生で、明言をしたことはないけど付き合っているのは様子でわかる。
「ただいま――」
「どうしたの、帆那。元気ないじゃん」
お姉ちゃんは細筆でスラスラと字を書いている、いつもの風景だ「こないだ代表に選ばれたって喜んでいたのに、今度はどうしたのさ」
「うん……」
お姉ちゃんはいつも私に「帆那はわかり易すぎ」と言う通り、日頃の様子が手に取るようにわかるみたいだ。ここ一週間くらいの浮き沈みが激しいのは自分でも痛いくらいわかっている。
「スランプなんだ、ここんとこ」
「ふーん、しっくり来ない時は誰にでもあるから」ゴミ箱に沢山ある書き損じの字がお姉ちゃんの言葉を解説する「何が、調子悪いの?」
「みんな、バラバラなんだ……。何か、こう――一つになれなくて、それでいて私が足引っ張っちゃってるようで……」
私の口から何気に漏れた言葉にお姉ちゃんの筆が止まった。
「確かに、それは問題かもね――」
お姉ちゃんの椅子がクルッと回った。
「どういうこと?」
私が質問するとお姉ちゃんはさっきまで使っていた練習用のザラ紙をしまい、真っ白の半紙を取り出した。
「この時期にそう思うようじゃ問題だと言ったのよ」
お姉ちゃんは硯で墨をすり始めた。