メドレーガールズ
トライアル
プール開きから二週間、メドレーリレーのメンバーを決めるトライアルが行われる日が来た。先ずはこのトライアルを通過しなければ私達の季節は夏を前に終わってしまう。そうならないために短い間だったけど、いつも以上に努力してきたつもりだ。練習時間外にも付き合ってくれた律っちゃんたちの気遣いに応えるためにも、今日は絶対に負けられない。いつもと変わらないプールを見つめて、この二週間を振り返った。負けたら終わり、しかも相手は一年生ながら将来のエース候補生である真美ちゃんだという状況なのに私の気持ちは意外にもスッキリしていて、後悔やプレッシャーは全然なかった。
一番にゴールにたどり着く。誰が相手だろうと
思い起こせば私はその事しか考えていなかった――。
* * *
「集合!」
先生の大きな声で15人の部員はコース前に集まる。毎年梅雨時に行われるので、今日も雲が厚く気温が上がらない。みんな跳ねたり小刻みに動いたりして身体を冷やさない工夫をしている。
「それではトライアルを始めます。学年、キャリア、一切関係なし、みんな平等にチャンスがあります。距離は100メートル、一番速い者をリレーの代表とします。ただし、同じ者が二種目で一位になった場合は私が選びます、いいわね?」
私達は大声で返事をした。それぞれの気持ちが表れている。
「それじゃ、順番通りに行くよ」
メドレーリレーの最初の種目は背泳だ。トライアルに出るのはのんたんを始め四人。この中には真美ちゃんもいる。予想ではこの二人の一騎討ちだ。二人とも水に入るとしなやかにプールの中央辺りまで伸びをしてスタートラインに戻ってきた。のんたんの表情が明らかに変わった。
「ホント凄いよね、のんたんの切り換え……」
「うん……、怖いくらい」
真由が思わずこぼすのに私も頷いた。
「用意……」
四人は一斉に身体を壁に寄せた。スタート時の表情が見えるのは背泳だけだ。
ビッ!
電子音が鳴った。四人がほぼ一斉に飛び出すと、のんたんは水面になかなか浮かび上がって来ない。得意の潜水スタートだ、そしてちょうど真ん中でようやく顔を出した、完璧な計算だ。
一方の真美ちゃんも力強いストロークでグイグイ進む、出だしは互角だ。
残り1ストローク、のんたんはその位置でひっくり返り素早くターン、まるで機械で計ったようだ。
「勝負あったね、どう、真由?」それを腕組みをして見ていた律っちゃんが真由に問い掛けた。
「そうだね……」
スタートからまだ四分の一なのに二人は見切ったようだ。
50、75メートル。勝負はやや真美ちゃん有利で進む、このままいけば私達四人の夢は終わってしまう。私は思わずのんたんに声を張り上げた。
「帆那、見てなよ」真由が私の肩を叩く。慌てないでと言ってる顔だ「あれじゃ真美は最後にバテる、必ず」
「そうなの?」
私は驚いて律っちゃんを見ると同じ姿勢のままで頷いていた。
「見なよ、帆那。のんたん、全然崩れてない――」
最後のターン、二人の予想通りのんたんはやっと真美ちゃんを捉えた。前半力を残したのんたんは余裕で真美ちゃんを抜き去り、実に無駄のないペースで一着でゴール。水中で小さく拳を振るのが見えた。敗れた真美ちゃんは無言で唇を噛んで、真由の方を向いていた。
「だから言ったじゃん、無駄が多いって」真由は妹の手を取った。方法次第では勝負はわからなかった、そんな言い口だがその口調は冷たい。
「次もあるんだよ、切り替えてしっかり準備しなよ」トライアル一戦目を終えて、真由はお姉さんらしい言葉を妹に掛けた。
「カッコよかったよ!途中心配したよぉ」
私は思わずのんたんに声をあげた。するとのんたんは一人でプールから飛び上がり、すぐに眼鏡を掛けて、ラップが書かれた記録に眼を通した。
「最後大逆転だったよ」と興奮気味に話すと記録を見て「そうみたいだね」と言って表情を変えずに納得していた。
「私ね、スタートしたら他の事は考えないの」
のんたんの顔から安堵の笑みがこぼれた。