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メドレーガールズ

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  個人じゃない、チームなんだ


 休日の昼下がり、今日は浦北水泳倶楽部のプールがメンテナンスに入るため練習は休みで、三年生のチームメイトで遊びに行く誘いがあったが、真由は自分だけが形だけ呼ばれたような気がして、「お店の手伝いがあるんだ」と適当な理由を付けて断った。全く引き留める様子もなかったのでその誘いが本当に形だけであるのが分かり、真由の気持ちはさらに沈んでいく。
 そんなやきもきした気分を無理矢理抑えながら、真由は妹の真美も誘い自宅の1階にある、両親が経営するお好み焼き屋「玖兎(きゅうと)」の前に出て、掃除を手伝っていた。
「ねーぇ、何で私も手伝いしなきゃダメなの?」
「文句言わないの」
 真由はやきもきすると掃除をする癖がある。うまくいかない時、何かを始めようとする時、本当はそれに打ち込めばいいのに気持ちが横に逸れてしまう。それが難しい事、嫌な事、恐れている事であることは薄々感付いているのだが、それから逃げる自分が嫌いだ――。
 真由は伸び悩んでいた。それは自分がよく知っている。浦風中学校の中では一番現状を知っている彼女は望の意見とは逆で、真由のチームメイト二人を擁する北原中学校と聖橋学院のチームに勝つのはそんなに甘い話ではないと思っていた。もし自分頼みで計算しているならそれはよして欲しいと言いたいがそれを中々言えなかった。

「珍しいやんか、二人とも。今日は雨降るで」
 食材の仕入れから帰ってきた父がニコニコしながら姉妹を冷やかす。普段家にいない娘二人が手伝ってくれるのが本当は嬉しいようだ。
 真由の父は関西の出身で、訛りがいつまでたっても直らない、本人は「不治の病」と笑い飛ばして直す意思も必要もないと言う。関西なまりに免疫のないこの辺の人には何もかんもが漫才に聞こえるようで、ある意味これが商売道具になっていて「やたらトークがおもろいお好み焼き屋」といえばわかる程だ。
「ほな宜しゅう頼んま」
 父は鼻唄を歌いながら店の中に入って行った。二人が好んで聞く流行り歌の筈が父が歌うと演歌調に忽ち変わる。真由は冷ややかな笑みで父を見送った。時にクド過ぎて疲れる事もあるけど、年に一回行くか行かないかであるが真由は基本的に関西のノリが好きだ。

「ここんとこ真美の練習見てないけど、ちゃんとやってる?」
 代々浦風中学校の水泳部は種目別で練習するので、自由形のリーダーである真由は、平泳ぎのパートにいる妹の練習を直接見ていない。
「やってるよぉ」どの種目でも主力になるポテンシャルを持つ真美ではあるが、中でも一番不得意とするパートに入ってる自分に満足していない様子だ。
「先生に言われたからブレにいるけど、私はやっぱり背泳で出たいな」
 真美は両手を組んで高々と上に上げた。背泳のスタート時のフォームだ。
「出れるよ。のんたんに勝てたら。トライアルは公平に行われるから」
「市田先輩か……、だったら厳しいなぁ」
真美もクラブチームの練習生だ。部員の力具合はおおよそわかる。
「でも、蓮井先輩なら勝てそうな気がする」
 真由の手が止まった。真美は何事もなかったように掃き掃除を続けている。
「高いレベルでみればそうかも知れないけど、帆那は決して遅くは……、ないよ」
「そうかな」真美は自信あり気な笑みを見せた「先輩はここんとこ基礎練ばっかだし、時期的には遅いよ……お姉ちゃん、手が止まってるよ」
 真美はパート別の練習に不平を漏らした。確かに地力では真美の方があるかもしれない。練習量もノウハウも多いうえ、一年生であるが体格は帆那と変わらない。速い者が勝つのは鉄則ではあるが、その前にわきまえるべきものがあるだろうと真由は無言で促すが妹は聞いていない様子だ。
「お姉ちゃんはどっちに出て欲しいの?」
「それはトライアルで決める事だからさ、速い者が出るんだよ」
 真由は客観的な意見に任せて自らの答えを避けた。
「私はみんなを勝たせてあげたい」
 真美なりの意気込みではあるが、姉の胸には響かなかった。
「リレーはチームだから最後に一着になればいいんだ」
真由は肩で大きく息を吐いて、掃除を続ける妹の姿を見ると、過去の自分がダブって見えた。

 今は自分の方が経験と体躯で勝っているが、潜在能力では真美の方が勝っていると姉は思っている。自分と違い、真美には自信がある。
 クラブチームで熾烈に競い合う事には全く反対しない。もちろん学校の代表をトライアルで決めることについてもだ。自分も妹もそれは夢に出てくる程叩き込まれて来た。

 強い事は大切だ。それは絶対に間違いない。

 真由自身もチームの主力であることの自負はあるが、真美の言うように自分がみんなを勝たせてやるという気持ちは全くない。思えば去年の今頃、2年生で唯一代表に選ばれた真由は経験豊富な先輩を前に勝たせてやると大見栄を切ったが結果を残せなかった。
 去年のトライアルで見た先輩の号泣、そして本番で再び見た先輩たちの涙。去年が駄目なら10年は厳しいだろうと言われ臨んだ大会は、真由一人で終わらせてしまった。この時一人だけその輪の中に入れなかった自分に気付いた。

 リレーを制するのはチームだ。個人じゃない!

 そして真由は変わった。今まで自分本意で、かつクラブチーム主体で進めていた練習のあり方を変えたのだ。
 先輩の引退直後、新体制のミーティングで律子始め四人で決め、そして誓い合った。代表として出る以上は、みんな同じ。チームが第一、個人の記録はそこから伸びる。個性はあっても優劣はない、リレーに関して言えば四人で一つ、どんな結果であれそれは四人のものだ。選ばれた者に不平を持つのは自分に対するそれと同じことだ。以前の浦風中学校では真由がクラブチームで感じているように、見えない序列があった。負けたことで真由は自分が同級生の中でも偉そうで、嫌な人間であったことを知ることになった。それ以来、お互いと競いあうだけでなく、認めあう事で真由たち三年生は強くなった。
 今はジレンマを感じて伸び悩んでいるが、その殻を打ち破ってくれるのもこの仲間たちであることを信じている。「浦中のエース」と呼ばれる真由も頼られているようで実は頼っているのだ。真由のこの変化が浦風中学校の、どこよりも固い結束を生んでいることに気付くのはもっと後の事だ。

「真美、あんた観覧席から試合見るか?」
 今の真美には何度説明してもわからないだろう。チームの面々も同じだ。
「バックでもブレでも、勝てば私は文句言わないよ、勝てるのならね」
「わっ、ズルいよお姉ちゃん」
 真由はキョトンとしている妹を残してホウキを持ったまま店の中に入って行った。かつての自分もそうだった、自信が仇になった。それは成長の過程だ。今回ばかりは信頼する仲間と肉親のために仲間に勝ってもらいたい、真由は切に願った。妹には少々酷ではあるが姉として敢えて突き放した態度を取り、真美のライバルとなる帆那にも言うべき時が来るまで敢えて黙っていようと思った――。

作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔