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命の30分間疾走

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  もう何分立っただろう。時間がたつのがこんなに長いとは長い人生の中で初めてだと父は思った。こんなことで息子に死なれたくない。その想いが必死だった。母は祈るような気持ちでホームの先のはるか向こう側を見ていた。
「まだですか?まだ正太は見えないんですか?」
「まだ来られてないようです。」
車掌さんは心底残念だという顔でそう言った。
「電車はあとどれくらいでここを通過しますか?」
「おそらくあと5分くらいです・・・」
あと5分。あと5分で正太は来なかったら・・・




  それから5分近くがたった。もうそろそろ電車が来てしまってもおかしくない時間だ。父と母は焦燥感に駆られていてもたってもいられなかった。父はホームの間を行ったりきたりじっとせずにはいられないようだった。母の顔は涙目になっていた・・・
その時・・・電車が来る時間にちょうどなってしまった。
正太の姿はまだ見えない・・・
「もうダメだ・・・」父は心の中でそうつぶやいた。ホームにぐったりとしゃがみこみ下を向いた。そのとき・・・
遠くの方で陽炎がかかったようなもやの中から人の姿が現れた。
「あれ・・・正太よ・・・きっとそうよ・・・」
母は叫んだ。
ホームにしゃがみ込んでいた父も急いでその人の姿が見える方をみた・
はっきりと正太の顔だとは分からなかったが確かに自転車に乗っているようだった。
父と母の中に希望が見えた。
「そうだ、正太だあれは!そうに違いない!神様が最後の最後に救ってくださった。」
だんだんと顔が見えてきた。その姿は正太に間違いないようだった。車掌さんも嬉しそうに「やった」と叫んだ。急げ、正太!父と母はただそういう想いだった。
しかし、電車はもうそろそろ来る頃だった。
「車掌さん電車の来る時刻にはもうなってるはずですが大丈夫なんですか?」
「ええたぶん時間が遅れてるんだと思います。ですが、もうそろそろ来てもおかしくないはずです。」
正太の姿がはっきりと見えてきた。残りはあと数百メートルの距離だった。
「はやく、正太急げ!」

  正太も駅のホームがやっと見えたのが分かった。電車が今まで来なくて本当によかった。長い長い30分だった。まるでマラソンを走ったような気分だった。でもやっとゴールだ。ホームには誰か人影がこちらを見ているのが分かった。
「あ、お父さんお母さん」
ホームには両親が自分を待っているのが見えた。正太はそれが分かって少し勇気づけられた。ずっと一人で疾走していた不安から解放された。


しかし、その時電車も向こう側から見えてきてしまった。
「ああ、電車がまもなく来てしまいます。」
車掌さんは慌てふためいた。
電車も残り数100メートルの距離だった。正太は残り100メートルを切っていた。
「はやくはやく、正太こっちよ。」
母は叫んだ。
「自転車を捨ててこのホームに飛び乗るんだ!」
父も叫んだ。
数秒後正太はホームにたどり着いた。
「お父さんお母さん」
正太は自転車を持ち上げてホームに上がろうとしたが、父が
「そんなものは捨ててしまいなさい、さあ早く手を」
もう電車は駅の目の前に迫っていた。
正太は父に引っ張られてホームに飛び乗った。
電車はその10数秒後に駅を通過していった。自転車はものの見事に電車によってぐしゃぐしゃに粉砕された。

父と母は涙目になっていた。
「よかった、本当によかった。なんでこんな無茶をするんだ。心配かけさせて」
三人で抱き合った。
正太は事情を話そうとしたが、父も母も聞く様子がなかった。ただ無事でいてくれたことを喜んでくれた。
車掌さんも本当に心から「よかったですね」と言った。

  それからしばらくしてガキ大将や田中や他の子分や芳本君が現れた。

「正太君!」
「芳川君・・・」
二人は抱き合った。

その後ろにはガキ大将と子分たちがいた。
ガキ大将は照れくさそうにも後ろめたそうにも思える感じで正太に話しかけてきた。
「ほんまによかった。」
二人は握手した。
「大丈夫、これくらいじゃ俺は死なないから・・・」

父はガキ大将に話しかけた。
「君が大沢君か・・・」
ガキ大将は普段らしかぬ慌てた態度で
いきなり土下座をし始めた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
ガキ大将はぶんなぐられてもすまないくらいのことをしてしまったのだと自覚していた。
「いや土下座はやめてくれ・・・別に怒るつもりもない。」
てっきり怒られるのかとおもっていたが正太の父は穏やかだった。
「怒ったところで仕方がないし・・・もしかしたら正太にも問題があったのかもしれないし・・・」
「あのいえ、これはおれの子分・・・あ・・・いや・・・友達が全部しでかしたことなんです。全てぼくらの落ち度なんです。」
ガキ大将がそう言っても父は事情をさらに聞こうとはしなかった。
「いや、無事だったからいいんだ・・・。ただ・・・もうこのような無茶は二度としないと誓ってくれるか?命というものは一番大切なものなんだ。それを粗末にしてはいけない。」
「はい・・・」
父は正太が無事でいてくれたことが何よりだったし、心配で疲れ果てたので事情を聴く気にもならなかったのだろう。

そういって僕らは別れた。


  それからしばらくたっても父はあの事件のことは一切聞かなかった。聞きたくても聞けなかったのかもしれない。しかし数か月後たったときに正太は自分から事情を全部話した。
「そんなことだと思ったよ。多分お前のことだから度胸試しでもしたのだろうって。ただ前にも言ったが、友達を助けることも重要だが自分の命を守ることが何よりもまず大切なんだぞ。自分の命あってこそ他人も初めて守れるんだ。」
父は全てをすでに見通していた。
「なぜ怒らないの?」正太は聞いた・
「なぜ・・・?いやな父さんは昔不良だったんだ。親にもずいぶん迷惑かけた。喧嘩なんか日常茶飯事だった。喧嘩で意識不明になって親に心配かけさせたこともある。だから身に覚えがあるんだよ・・・」と照れくさそうに自分の過去を話した。
そのあとしばらくして
「さすがに崖から落ちる度胸試しはしなかったがな」
そういって大声で笑った。
父は全てを許してくれた。ただ、自転車だけは大人になるまで乗ってはいけないと言った。そして危ない度胸だめしは二度とするな、と。


  学校ではあの事件以来ガキ大将は子分を従えたり喧嘩をしたりすることもあまりなくなった。ただし弱いものいじめをするようなやつにだけは相変わらず喧嘩をけしかけていた。長谷川はあの事件以来保護観察と停学処分になった。殺人の意思はなかったわけで、それに未成年ということもありそれだけの処分ですんだ。復学した後も、二度と正太やガキ大将たちに話しかけてくることはなかった。卒業まで。いつも孤独に一人で過ごしているようだった。いじめをすることもされることも喧嘩をすることもなく。
「悪かったな長谷川のことは」
ガキ大将は正太にそう言った。
「俺別に恨んでなんかいいないよ」
「そうか・・・でも本当にすまなかった。本当だったら保護観察なんかじゃすまされないんだろうけど。何しろまだ未成年だし、殺人未遂とまではいかないし。」
作品名:命の30分間疾走 作家名:片田真太