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命の30分間疾走

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ガキ大将は思いのほか緊張しているようで急いで手を拭いた。おそらく手が汗でびっしょりだったのだろう。だがそれを悟らせないようにあわてて手を振り払うように服を乱暴にこすった。
「いや、服にただ虫がついていただけだ、何でもない。」
ガキ大将は嘘をついた。
長谷川が言った。
「いいですか?始めますよ?」
二人は緊張し始めた。
「位置について・・・・よーい・・・」
長谷川が合図を始めた。一瞬だけ陽気な風が吹いた。
「どん!」
二人は一斉に自転車をこぎ始めた。向こうの丘までは100m近くある。自転車ではあっという間の距離だが正太にはものすごく長い距離に感じた。
二人はお互いをけん制するようにこいでいる。
「止まるのなら今のうちだぞ、正太」
「そっちこそ先に止まれよ。」
お互いに譲らなかった。
芳川君は相変わらず心配そうだったが、半分くらいの距離を走る終わるといよいよゴールの崖が近づいてきたのをみておどおどし始めた。もう見ていられない、といった感じだった。長谷川を除く子分たちもみんなおどおどし始めた。
「大沢さん大丈夫かな」
そんな会話をし始めた。
いよいよゴール目前になった。先にどっちが止まるか。
「おいまだ止まらない気か・・・後悔するぞ。」
「そっちこそ」
ガキ大将は本当は正太がすぐに止まると思っていたが、思いのほかなかなか止まらないので焦りだした。
ゴール10m前。もう崖は目の前に見えている。それでも二人とも止まらない。
「おいまだか・・・」
ガキ大将はだんだん怖くなってきた。だが負けるのも嫌だった。
ゴール直前2m前。
長谷川が急にガキ大将の前に現れてガキ大将を止めようとした。
「おいどけ邪魔だ!」
大沢はびっくりして急ブレーキをかけて、長谷川にぶつかってともに地面に崩れ落ちた。
一方正太はそれを見て驚いてしまったが、自分は崖のすぐ近くにいることを忘れてしまった。
「おい危ないぞ止まれ正太!」
ガキ大将は正太に向かって叫んだ。
「あ!」
正太が気が付いた時にはもう遅く自転車は崖から重力で落ちようとしていた。
「止まれ、ブレーキをかけろ!」
ガキ大将は叫んだ。
芳川君も
「正太君!」
と叫んだ。ほかの子分たちもぎゃーとかわーとか声を張り上げた。
正太は何が起きたのか分からなかったが、崖から転落しようとしていた。目の前の線路に一直線で落ちた。
「わー!」
「正太!」
みんな叫んで崖の方へ向かっていった。
正太は下に自転車ごと落ちて横に倒れていた。幸い命に別状はなかったようだ。
「いたた・・・」
正太は足に血を流す傷を負ったのと落ちたときの衝撃で頭がガンガンしていた。
「大丈夫か?」
ガキ大将は叫んだ。
「なんとかね・・・」
ガキ大将は一体なぜ長谷川が急に飛び出してきたのか分からなくなった。
「何で急に止めたりしたんだ長谷川!男の勝負の邪魔をするとは!」
長谷川はにやりと一瞬笑ったあと、不気味に笑い声を上げた。
「何がおかしい」
長谷川は笑いながら急変したように話しだした。
「男の勝負だって?バカバカしい。大沢さん。俺はそういうのに反吐が出るんですよ。」
「何だと?」
「あなたは学校で弱いものいじめをするやつらを取り締まっていた。だから学校の平和は保たれていた。俺は前の学校でいじめられていたんですよ。だから強い番長についていればいじめられなくてすむと思った。だからあえてあなたの子分になっただけです。今まで俺をいじめてきた弱いものいじめをする連中に仕返ししてやるためにあなたのグループに入った。でも俺はそれだけじゃ満足できなかった。弱いものをいじめたかった。強者の気分を味わいたかった。だが、あなたは弱いものいじめをさせてくれなかった。俺は強い番長グループに入れば弱いものをいじめられるのかと勘違いしてました。だが、あなたは植村に負けて腑抜けになってから弱いものいじめを取り締まらなくなった。そこで俺は弱いものいじめをしようと他の仲間を募って芳川をいじめ始めたんです。
弱いくせに金持ちを気取ったやつが許せなかった。そんなやつは排除すべきなんです。
その芳本をかばう正太にも反吐がでた。だから今回罠にはめてやろうと思って。」
ガキ大将は長谷川の本性に愕然とした。忠実な子分だと思っていたのに裏切られた気分になった。
「罠にはめるだと?線路の下に落とすことか?」
「そうですよ。これで少しは恐怖を味わえばいい。これから地獄のショーが始まりますよ。」
「地獄のショーだって?」
「そうですよ、ここらは全く舗装されてないさびれた田舎の線路です。断崖絶壁に囲まれた線路、上には登れない、いつ電車が来るかも分からない。まさに地獄でしょ。」
ガキ大将は怒りが込み上げてきた。
「お前それを計算してこの計画を持ち出したのか?男の勝負だとかいって」
「ええ、そうですよ。でも大丈夫ですよ。ここは田舎、電車なんかめったにこないしそれまでには崖の上を這いつくばって上の方へ登れば何とか助かりますから。多少の恐怖を与えてやるだけです。車掌さんに事情を話せば助けもそのうち来ますよ。」
長谷川はなんでもないという風にあっけなくそう言い放った。
「ふざけるな!」
ガキ大将は思いきり長谷川をぶん殴った。
長谷川は吹っ飛んで地面に倒れた。だが痛くもかゆくもない、というような様子でまたにやりと笑った。
ガキ大将は、ふと我に返って崖の下の線路の正太を見下ろした。
「おーい大丈夫か?まだ電車は来てないか?」
「あーまだ来ないみたいだ」
「何とかそこからこっちへ登れないか?」
「あー試してみる」
正太は助走をつけて線路から土砂の絶壁を登ろうとした。しかし、角度がほぼ90度なので非力な正太には上まで登りきることは無理だった。
「手を出すからなんとかここまで来い!」
何度も挑戦したがだめだった。
少しの間は土砂の上の方に登ることはできても、土砂は全く舗装されていない土なのですぐに滑り落ちて下の方へ引き戻されてしまった。おまけに土砂は線路のギリギリ横を囲うようにそびえたっていた。もし電車が来たらひかれてしまう可能性だってある。
長谷川の言うとおり、田舎の線路で全く舗装されていないので一度落ちたらアウトであるような危険な構造になっていた。
ガキ大将は長谷川の胸ぐらをつかんだ。
「おい、話が違うぞ。上までちっとも登れないじゃないか。」
さすがの長谷川もあわて始めた。
「おかしい・・・計算ではこんなはずじゃなかったのに・・・・」
冷静な長谷川が急にしどろもどろになってきた。
芳川君も天に祈るように正太を見守っていた。自分のせいで彼をこんな目に遭わせてしまった。
ガキ大将は腹をくくった。
「おい、聞こえるか?そこに留まっててももう助からない。いちかばちかで駅のホームへ向かうんだ!確かそっち方向へ行けば俺らの自宅のある境町駅の方面のはずだ。俺は今から宮下坂のおじさんの家へ行って電話を借りてお前の自宅へ電話して親御さんを堺町駅に向かってもらうように頼む。親御さんが駅員さんに事情を話せば電車を止めて貰えるかもしれない。」
正太はうなずきながら
「分かったやってみる」
と言った。
ガキ大将はさらに
「お前の自宅の電話番号を教えろ!」
正太は下から叫んだ
「02―xxx―xxxxだ!」
作品名:命の30分間疾走 作家名:片田真太