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命の30分間疾走

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  その芳川君が子分たちのいじめの標的にされ始めた。はじめはただの噂なのかと思っていたが、放課後に体育館の裏に芳川君が子分たちに呼び出されている場面を正太はたまたま見てしまった。子分たちに蹴られたりボールをぶつけられたり、ひどいときには殴られたり首をしめられたりしているようだった。周りの人たちは見て見ぬふりをしていた。教師ですら見てみぬふりをした。ガキ大将は知らぬ顔をして子分たちをほったらかしにしていた。しかし、正太はそういうものは絶対に許せない性格だった。自分は喧嘩などしたこともなくはじめは立ち向かうのが怖かった。しかし、1月か2月ほどたったときに子分たちにもういじめはやめろ、と話を持ち出すことにした。
「おい、お前ら芳川君をいじめているだろ」
「それが何だ。お前に何の関係があるんだ」
子分たちの一人がそう言い放った。
「なぜそんなことをするんだ」
「あいつは金持ちで貧乏な俺たちをバカにして見下すやつだからちょっと罰を下してやってるんだ。」
「そんなことないだろ。変ないいがかりつけて。お前たちがやってるのはただのいじめだ。」
「この学校は芳川のことみんな嫌いなんだよ。みんなのために俺たちは働いてるんだ。」
正太は彼らを許せなかった。芳川君のことはよくわからなかったが、貧乏人を見下しているようでも鼻につくような人には到底みえなかったからだ。           
   ある日放課後にガキ大将の子分たちに正太は体育館の裏に呼び出された。そこには芳川君の姿もあった。何の用なのか正太は分からなかったが、自分が抵抗したから呼び出されたのだろう、ということは分かっていた。
「何の用だよ」
正太は子分たちに言った。子分たちの一人が言った。
「お前生意気なんだよ。俺たちに立てつくやつらはとっちめてやる」
「親分がいないからっていじめをするのは許せないからだ」
「親分がいないからだって?」
「そうさ、お前らは大沢という親分がいて逆らえないから今までいじめをしなかっただけだ。親分が何も言わなくなったらいじめしたい放題だもんな」
「何だと!」
子分の別のやつが怒り狂ったようにそう言った。
「とっちめてやろう」
正太は内心怖かった。相手は3人もいるし喧嘩など初めてだったからだ。でも芳川君のためには逃げるわけにはいかなかった。何より悪に対して逃げたくなかった。
決闘は3対1だったので正太が勝てるわけがなかった。決闘が始まっても芳川君はただびくびくと眺めているだけだった。何とか奮闘したものの、結局負けてしまった。
でも子分のうちの一人には怪我を負わせることができた。
芳川君が正太に近づいてきた。
「正太君大丈夫?」
「大丈夫これくらい大したことない」
以前卑怯なやり方で負けた植村の気持ちが正太は分かった。でも気持ちがよかった。例え負けても3人がかりで卑怯なやり方をやる相手に一人で闘ったのだ。悔いはなかった。自分も植村みたいに勇敢な男になれた気がした。
隣で芳川君はしくしくと泣いていた。
「ごめん、僕のせいでこんなことに」
「泣くなよ。俺たちは正義のために闘ったんだから。3人相手に2人で闘ったんだ。喧嘩自体は負けたけど負けじゃない。」
その言葉を聞いて芳川君は不思議な目で正太を見たがやがて、
「そうかな・・・」
といって泣きながら笑ったように見えた。
その喧嘩以来我々は友達になった。

  ある日の休日正太は芳川宅に招待された。田舎の町には到底不釣り合いなくらいな豪邸だった。何十坪もあるような土地に日本式庭園があって錦鯉のようなものが庭の池のようなところを動いていた。こんな家は見たことなかったので正太はめんくらってしまった。うちの両親にはこんな豪華な庭絶対に建てられないと思った。
「こっちが父の書斎で、リビングで風呂場で、と色々と案内してもらった。どれも正太
の知る家庭の家の世界とはかけ離れたものだった。どれもが別次元の世界に見えた。
正太の家は居酒屋だったの居酒屋で使っている台所と家庭の台所も同じだったし風呂場と洗濯場が一緒になってて着替えるのも大変なくらいスペースが狭いものだった。
休日だったので芳川君の父親がリビングにいた。
「これはこれは、譲(ゆずる)の友人かな?いらっしゃい。」
ゆずるというのは芳川君の下の名前だ。ハイソな家庭出なのでこの時代にしてはモダンな名前だ。特に田舎町でどろんこになっている少年でゆずるなんて名前の人は聞いたことがない。
「こんにちは芳川君のお父さん」
正太は挨拶した。
「正太君だっけ?ゆずるは転向してまだ一年だし、都会から出てきて何かとこちらのことはよく分からないことが多い。仲良くしてもらうと助かるよ。」
中学生には難しい話だから分からないかな、という顔つきをしてるように見えながらもそう言った。
「いえ、そんな。」
正太は褒められてるようになり少し照れくさくなった。
「もう部屋に行こう」
芳川君がそう言ったので二人で部屋に行くことにした。
芳川君の部屋はものすごく広かった。正太は兄と二人で6畳もないような部屋でぎゅうずめになって暮らしていたのに、芳川君の部屋は一人部屋なのに、6畳以上、あるような広さだった。
「すごい部屋だね」
「大したことないよ」
芳川君はあっさりとそう言った。
「ゆっくりそこにこしかけてよ、座布団もあるし。」
「ありがとう」
しばらく沈黙した後、芳川君が口を開いた。
「この前は本当にありがとう。助かったよ。」
「いやそんなつもりじゃ。ただあいつらが許せなかっただけだよ。」
「うん、僕もあいつら嫌いだ。金持ちってだけで僕をいじめてくるから。」
「そうだね。」
「金持ちの何がそんなにいけないの?確かに僕はこの田舎の町じゃ珍しいかもしれないけど。でも金持ちでいいって思ったことなんて一度もないし。」
「そりゃあこんな田舎町でみんな貧乏だから嫉妬はすると思うよ。俺も兄貴とは喧嘩してばっかりだから時々自分の部屋がめちゃくちゃほしくなるし。」
「自分だけの部屋なんて孤独だよ。兄弟もいないし」
「そうなんだ、でも兄弟なんかうっとおしいだけだよ、うちは二人兄弟だけだから珍しい方だけどそれでも時々うっとおしいもん。」
「喧嘩できるだけうらやましいよ」
しばらく沈黙が続いた。
すると芳川君が今まで話したかったといわんばかりに父親のことを話し始めた。
「うちって金持ちなのになんでわざわざ都会から田舎に来たって思われてるでしょ?」
「うん」
「うちの親が東京で始めた会社を去年引退するから田舎に隠居することになったんだ。」
「それは噂で知ってる。そうなんでしょ?」
「確かにそこまでは正しいんだ。でも・・・本当の理由はそれだけじゃないんだ。」
芳川君はまた黙ってしまった。そしてしばらくしてからまた話し始めた。
「本当は父親はこっちに愛人がいたんだ。取引先の都合で知り合ったらしくて。母が亡くなって間もないのに、もう愛人を作って。今度たぶん再婚するんだ。ちょうど引退するし田舎暮らしもいいと思ってこっちに来たんだと思う。」
「そうなんだ。でもお父さんがいいと思ったんでしょ?」
作品名:命の30分間疾走 作家名:片田真太