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後宮艶夜*ロマンス~皇帝と貴妃~【後編】

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「お前な、そんな可愛すぎることを言うと、俺の自制心がまた吹き飛んでしまうぞ。それに、これ以上、お前に夢中になりすぎたら、俺は政なんて放り投げて国を傾けてしまうかもしれない」
 芳華は法明の腕から抜け出し、婉然と笑った。
「私の好きな陛下はそのようなことはなさいません。きっと操国の歴代皇帝の中でも後々まで賢帝と讃えられる偉大なる君主となられます」
 法明が笑った。
「芳華は男をその気にさせるのが上手い。男は惚れた女におだてられれば、本気になって頑張るからな。よし、俺もせいぜいお前を失望させたり愛想を尽かされないように本気出して良い皇帝になるよ」
 彼は笑いながらも真摯な瞳で告げる。芳華は心の中で思った。法明ならば、きっと後々まで語り継がれる偉大なる皇帝となるに違いない。彼が器の大きな人であることは出逢ったそのときから判っていたことだ。 
 芳華がそんなことを考えていると、法明が突如として叫んだ。
「あ、それから、これを伝えておかなくちゃな」
「何ですの?」
 あまりの剣幕に多少気圧されながら訊ねる。法明は笑顔になった。
「俺は生涯、お前以外の妃を娶るつもりはない」
 芳華は信じられない想いで彼を見つめた。
「でも、?将軍のご息女を淑妃として迎えられるのでは」
「馬鹿だな。あれはほんの出任せ、はったりだよ、はったり」
「はったり、ですか」
 茫然として繰り返すのに、法明は頷いた。
「お前があんまり可愛くないことばかり言うもんだから、ついカッとなってさ。まあ、俺もあのときは大人げなかったかな。それに、芳華に酷いことをした。もっとも、あれはあれで、俺は凄く気持ち良かった。芳華があんなに乱れて大胆になったのは初めてだっただろう」
「陛下、恥ずかしいから、そんなことをおっしゃるのは止めて下さい」
 頬に朱を散らしながら訴えると、法明はニヤリと口角を笑みの形に象る。彼が以前よく見せていた不敵な笑みだ。
「とにかく、そういうわけで、俺はお前以外の女は要らない。お前は後宮で、一生涯俺に抱かれ続けるしかない。諦めて俺の子をたくさん産んでくれ」
 あまりに直截な科白に、芳華はますます紅くなり、身も世もない心地でうつむいた。
 
 Epilogue〜永遠を誓う花〜

 その二ヶ月後。後宮の奥庭では泰山木の花がそれは見事に咲き揃った。ある夜、法明と芳華は二人だけでその場所に向かった。皇帝と貴妃ともなれば、宮殿内を移動するだけでも、宦官・女官・宮女などお付きの者たちを多数従えての大移動となる。
 が、その夜に限っては、皇帝の命で若い新婚の二人に付いてくるような無粋者はいなかった。
 樹齢はいかほどになるのだろう。青々した葉を一杯に茂らせる大樹の下で、法明と芳華は互いに身体をぴったりと寄り添わせるようにして頭上を仰いでいた。
 樹には大輪の白い花が幾つもついている。夜目でも雪のような汚れなき花の色と緑の葉の対比が鮮やかだ。夜空には満ちた月が掛かり、黒絹に細かな水晶を縫い付けたように幾多の星たちが煌めいている。
「母上、私はやっと心から愛する女にめぐり逢えました」
 法明が傍らの芳華を抱き寄せながら、言うともなしに呟いた。芳華はハッとして彼を見た。
 法明が笑っている。美麗な面にこの上なく優しい笑みを刷いて。その女心を蕩かせる極上の笑顔を見ただけで、芳華の鼓動はもう自分でも持て余してしまうくらい煩くなるのだ。
「いつかも話しただろう。幼いときから、私はここに来て泰山木の花を見ると、亡くなった母上に逢えるような気がした。だから、今夜も結婚の報告に来たんだ」
 彼のいまだに母を恋い慕う強い気持ちが伝わってきて、芳華は何も言わず頷いた。
「私は幸せです、陛下。愛する方のお側にずっといられるのですから。こうして季節がめぐり、泰山木の花が咲く度に、この幸せな夜をいつまでも思い出すでしょう」
 そのときだった。芳華が小さく呻いた。小柄な身体がくずおれるのを傍らから法明が抱き止めた。
「どうした?」
 芳華が大きなお腹に手のひらを当てた。
「お腹が―痛いの、法明」
 法明の顔が強ばった。既に産み月には入っているが、予定日まではあと十数日あるはずだ。
「ああ、痛い」
 いつも明るい芳華は先刻までは元気そのものだったのに、ぐったりとして彼に身を預けている。これはただ事ではない。
「もしかして、子が産まれようとしているのかもしれないな」
 法明の問いかけに、蒼白になった芳華が頷いた。
「痛みの幅が少しずつ狭くなってきているようなの。陣痛が始まったのかもしれない」
「それは大変だ。すぐに宮殿に戻ろう」
 彼は難なく芳華を抱き上げると、力強い足取りで元来た道を戻り始めた。
 

 同年六の月早々、郁貴妃より皇帝の第一皇子生誕。操国は上から下まで歓びに沸き立った。生まれた皇子は?鵬全?と名付けられる。生後半年で皇太子に立てられた幼い皇子が産声を上げたのは六月初旬の泰山木の花がほのかに香る明るい満月の夜だったという。
 月日は流れ、皇太子鵬全が一歳の誕生日を迎えた年、立后の礼が厳粛に執り行われた。郁皇后、操国十数代の歴代皇帝の中でも初代太祖と並び称される中興の賢帝、光武帝の唯一の后であり、皇帝を生涯に渡って陰から支えた貞潔な女性であった。
 後に光武帝は郁皇后の意見を取り入れて、都に?観学院?という官立の学校を建てた。これは従来の貴族や裕福な商人の子弟だけでなく、広く民草にも門戸を開いて無償で学問を学べる画期的な試みといえる。更に後年には科挙制度を確立させ、操国の民であれば身分に関係なく試験を受け、合格すれば官吏として国政に関与できる体制を整えた
 これにより、操国では、これまで読み書きのできなかった下級階層の民までもが教養を得ることができ、結果として国民全体の知的水準が格段に上がった。学問が国に普及することにより、優れた人材が官吏として活躍する機会が増え、よりよい政治が行われるようになったのである。もちろん、そのことは操国に更なる繁栄をもたらした。
 郁皇后は光武帝との間に六人の皇子と二人の皇女をあげている。
 偉大なる光武帝が八十歳で崩御した後、さしもの繁栄を誇った操も落日の瞬間を迎える。光武帝の曾孫の永世帝の代になり、操は稀代の悪女として名を残した威華妃を寵愛するあまり、妃の言いなりになった永世帝が悪政を敷き民を苦しめ、国を疲弊させた。
 それが引き金となり、長らく将軍職を務めた?家の?成蹊が反乱を起こし、永世帝と威華妃を誅殺した。その後は?成蹊が王位について新たに国を興し、国号を成と定めるも、成は三代で潰え、広大な中華大陸は再び小国が群雄割拠する戦国乱世の時代に移ってゆく。
 刻は流れ、時代はめぐり、歴史は黙して語らず。栄華を極めた帝国の昔も今はただ夢と化す。
                                    (了)
 

   

泰山木
 花言葉―前途洋々、壮麗、前向き。威厳をつける。六月八日の誕生花。?壮麗?の花言葉は香りの良い上品な花が大きく美しいことから付けられている。マグノリアとも呼ばれる。花にさわやかな香りがある。


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