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後宮艶夜*ロマンス~皇帝と貴妃~【後編】

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 法明は実に多彩な輿の動きで芳華をこれでもかというほど責め立てた。あるときは腰を押し回したり、あるときは剛直を抜けそうなほど引いて、また一挙に最奥めがけて突き入れたり。彼自身で最奥まで刺し貫かれて抜き差しされながら、更に手のひらで背後から大きくなった乳房を嫌らしく揉み込まれれば堪らない。
「あぁん、あぅっん」
 いつしか芳華は自分も彼を誘うように腰を揺すりながら、甘い喘ぎ声をひっきりなしに上げていた。
 寝台の上部には枕許の羽目板部分に無数の蝶が浮き彫りされていた。芳華は四つん這いになって法明を後ろから受け容れながら、そそのたくさんの蝶を見るともなしに見ていた。まさに、今、彼女の胎内では無数の蝶がはばたいているようだ。
 胎内を飛び交う蝶たちは彼の愛撫が烈しくなるにつれ、ますます忙しなく羽ばたき回り、やがて大きな焔の塊に飲み込まれて灼き尽くされる。彼女自身もその焔に包まれて精魂尽き果てるまで灼き尽くされ翻弄された。
 それでも法明はまだ飽きたらず、天蓋から降りる緞帳(カーテン)を纏めた紐を解き、周囲を帳で覆った。帳が作る狭い空間で、芳華は脚を大きく開いた格好で向かい合って法明にまたがり、下から烈しく突き上げられ続けた。
「あぁっ、ああ、陛下―」
 最早、芳華には自分を犯しているのが皇帝なのか、法明なのか判らなくなっていた。
 荒淫続きで、さんざん寝台で啼かされた芳華はついに意識を手放した。
 めざめた時、傍らに法明はいなかった。室内を見回しても、がらんとした部屋に彼の姿はなかった。
 疲れが澱(おり)のように溜まっていた。最初は腹の子のことを案じていたはずなのに、いつしか巧みで烈しい性技に惑わされ溺れさせられ、我を忘れて甘い喘ぎ声を上げていた。法明に貫かれて、さんざん啼かされた。
 身体は満ち足りた情事の余韻の中にいたけれど、何故か心は少しも満たされず、むしろ寒々とした闇ばかりだった。それが何故なのか、芳華には判っている。それは法明のせいだ。
 彼が今日、芳華を抱いたのはほんの腹いせだから。芳華が彼を怒らせてしまい、彼はその懲らしめとして芳華の身体を陵辱したのだ。彼とは数え切れないど身体を重ねた。今日の行為は今までの中ではいちばん烈しかったかもしれないが、その中に介在した愛情は皆無だった。これまでの彼との行為には幾ばくかでも心があったはずだ。
 もう、自分たちは本当に終わりなのかもしれない。芳華はひっそりと涙を流した。熱い涙の雫がしたたり落ち、冷たい寝台を濡らす。
 緩慢な動作で周囲を見回すと、床に衣服が散らばっているのが垣間見えた。法明に剥ぎ取られてしまった芳華の服だ。芳華はゆっくりと寝台から降り、散らばった衣服を拾い集めた。また、あまりの惨めさに哀しくなり、かき集めた衣服を握りしめ、その場ですすり泣いた。
 少し身体を動かす度に関節が痛み、殊に強引に開かされた両脚の付け根が痛む。芳華は自分が座らされた座椅子を哀しい想いで見つめた。肘掛けに両脚を乗せられた自分は、これ以上は開けないほど脚を開かせられていた。今から思い返しても、酷い姿だ。
 それなのに、自分はそんなあれらもない格好をさせられた上に法明を受け容れて甘い喘ぎを上げて何度も達したのだ。いやだと訴えながら、陵辱されて数え切れないほどの絶頂を迎えた芳華をあの男はどんな気持ちで見ていたのか。所詮、いやと言うのは口だけだと淫らに身体をくねらせる芳華を蔑んだかもしれない。
「うっく、ふぇっ」
 声を殺して泣こうとしても、どうしても声は洩れた。愛していた男に徹底的に辱められ貶められた。あれほど手酷い形で裏切られて正体を知らされてもなお嫌いになれず、心のどこかで恋い慕っていた男だった。
 もう、どうしたら良いのか判らない。これから法明と顔を合わせても、どんな顔をすれば良いのか判らない。
 あちこちが痛む身体も心配だったけれど、いちばん不安なのか腹の子だった。生まれてくるのが皇子であろうが皇女であろうが、どうでも良い。母性は純粋なものだった。芳華はただ生まれてくる子が健やかであれば良かったのだ。
 あまりにも荒淫が過ぎて、お腹の子に触りがなければ良いのだけれど。芳華は心配のあまり、こんもりと膨らんだ腹部にそっと手を当てた。
「大丈夫、おチビちゃん」
 すると、あたかも母親の声を聞いたかのように、腹壁を赤ン坊がポンポンと勢いよく蹴ってくる。
「良かった、元気なのね」
 芳華は微笑み、話しかけながらまた腹をゆっくりと撫でた。また赤ン坊が腹を蹴る。それはしばらく続き、やがてまた静かになった。
「ふふ、眠ったのかしら」
 彼女はしばらく子守歌を歌いながら、なおも膨らんだ腹を撫でていた。その子守歌は古くから操に伝わるものだ。亡くなった乳母、つまり凜鈴の母もよく芳華を寝かしつけるときに枕許で歌っていた。
「この子はなあに、この子は良い子。この子は私の宝物。金よりも銀よりも輝く宝石よりも、この子は私の宝物。お前はどこからやって来た、神さまが私にこの子を下された」
 小さな声で歌いながら、芳華はまた泣いていた。
 法明の心が判らない、彼の気持ちが見えない。町で暮らしていたときは、あんなに優しかったのに、今日の彼は別人のようだった。愛情や労りの欠片もない営みは、ただ手籠めにされたようなものだった。
 この様子では、どれだけ芳華が望もうと、後宮を出ることは叶わないだろう。ましてや、神官の占いどおり万が一にも生まれた子が皇子であった場合、その子はほぼ間違いなく皇太子に立てられる。皇子を産めば、芳華は生涯、宮殿という豪奢な鳥籠から出られなくなる。
 今は腹の子が皇女であることをひたすら祈るしかない。もし女の子だったら、しばらくは子どもを後宮で育てながら、ひっそりと暮らすのも良いかもしれない。いずれ娘が成長して適当な貴族にでも嫁げば、芳華もそのときは自由の身になれる可能性もある。
 後宮の女は原則として一生奉公である。しかし、皇帝の代替わりには、宮女や女官は永の暇が出され、宮外に出ることも許された。その点、お清、皇帝のお手つきではない女たちと異なり、側室や一度でも皇帝の閨に召された女は新しい皇帝が立てば、後宮を出て?浄心院?に入らねばならない。
 浄心院とは歴代皇帝の妃たちが住まう言わば隠居所のようなものだ。皇太后となった后、つまり先帝の皇后と皇帝の生母だけは浄心院に入らず、皇太后宮や別殿にて暮らすことになる。
 つまり皇帝の寵愛を受けた多くの女たちは位の高低に拘わらず、良人たる皇帝が亡くなった後もなお、生涯宮殿を出ることは許されないのである。
 恐らくは自分も貴妃のまま、ひっそりと後宮で余生を過ごし、生涯を閉じることになるのだろう。そこまで考えて、芳華は暗澹とした想いになった。また新たに滲んだ涙をぬぐった時、ふと寝台の片隅に置かれた簪に気づいた。
 手早く衣服を身につけて、ゆっくりと寝台に戻る。
「これは―」
 呟き、手に取って眺めた。それは泰山木の花を象った簪だった。忘れたとは思えず、法明がわざと眼に付く場所に置いていったとしか思えない。
―どうして、法明?
 芳華は心の中で法明に問いかけた。何故、今になって、こんなものを彼は自分に贈ったのだろう。