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短編集『ホッとする話』

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 花守はエカシの前に立った。アイヌの正装をまとい、立派な髭を蓄えた長老は誰も到達したことのない遠い遠い南の大地から帰ってきた花守にねぎらいの言葉をかけることもなく、囲炉裏の前に座るよう命じた。エカシの周囲には先程同行してきた者たちと、徐々に集まってきた者とでチセはいっぱいになった。
 エカシは囲炉裏の火に薪をくべた。
「これよりチャランケを始める――」
 
 チャランケというのはアイヌのことばで査問、もしくは裁判といったものだ。
 アイヌの人口を上回るほどの和人に歓迎されて帰還してきた開南丸であったが、それは和人の業績についての歓迎であって、アイヌへのそれではなく、実際にアイヌにとって南極探検に参加したことのメリットはあるにはあったが、それ以上に失ったものの方が大きかったのは花守だけでなく、チセにいるすべてのアイヌがわかっていた。
「シシラトカ(花守)よ、お前はアイヌの掟を破ってしまった」 
「はい、分かっております――」
 家族に等しい犬を見捨てることはアイヌの掟に反している。花守がアイヌを代表して尽力したことを認めてはいるものの、エカシは花守に「有罪」を言い渡した。
「置き去りにした仲間たちのことは片時も忘れた事はありません」
「ただし、シシラトカのしたことはわかっておろうな」
「我が子を捨てたものと同じ、それが罪でないとは思っていない」
 花守は大勢のアイヌの前でこう言い放った。自分の中でもやむなく採った自分の行動が許せないことがずっと頭の中に残っていたのだ。むしろ有罪であることで気持ちが少しだけ晴れた。自分はアイヌなのだ。其れを確認出来て花守はエカシに深々とお礼をした。