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短編集『ホッとする話』

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 東京を出て一ヶ月、花守とぶちは汽車を降りたあと海を越え、山を越え、故郷である敷香に帰り着いた。遠く離れたアイヌの村(コタン)でも白瀬隊の南極探検の一部始終は知らされており、花守の帰郷は東京のそれとまではいかなかったが一応の歓迎を受けた。

 歓迎を受けたのはその日だけのことだった――。

 次の日、花守は家(チセ)の外でぶちが小さな声で鳴いているので目が覚めた。アイヌの社会では出会いの挨拶の言葉はない。変わりに、家を訪ねたら者は外から物音を立てたり口笛を吹いたりして、外に客人がいることを認識させて中にいる者に家を片付けるなどの準備をする余裕を与える習慣がある。
 花守はぶちの声を聞いて窓から外を見ると、アイヌの衣装を来た三人の男が自分を待っている。花守は口笛を吹いて相手に自分がいることを示し、急いで外出の準備をした――。

「長老(エカシ)がお呼びである」
花守は男の顔を見た。それは自分を歓迎している感じでないのはすぐに感じ取れた。そして、なぜ自分がエカシに呼び出されているのかなんて事は、敷香に帰って来たとき、いや、もっと言えば開南丸で南極を離れたその瞬間からこの時が来ることをずっと知っていた――。
「すぐに出るのでそこで待っててくれないか」
花守は大きく息を呑んで覚悟を決めてからから家の外に出た――。