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短編集『ホッとする話』

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 次の日、五重塔のてっぺんというのは外側の屋根の上だと考えた私は、塔の横にある松の木に登り、上から塔のてっぺんを見てやろうと思った。お母さんに言ったら怒られるけど木登りは得意だ。兄ちゃんを追いかけてよく一緒に木に登った。だから、兄ちゃんも学校帰りにこの木に登り、屋根の上にポイッと棄てたのだとそう推理した。
 私はクラスの友達と遊ぶ約束をも断り、家に帰るとランドセルを置いて一目散に寺の境内に行った。五重塔の近くの木、てっぺんが見えそうな木は一つだけある。
 背の届く枝にぶら下がり、幹を蹴って一段目。それから手の届く枝を次々に見つけ時には懸垂もして五重塔の四段目くらいのところまで登ったところで下から聞き慣れた声が聞こえた。
「麻衣子、そんなに登っちゃ危ないじゃろ」
 下を見下ろすとそこにいるのはおじいちゃんだ。たまたまお寺の前を通りかかったら木の上にいる私を見て慌ててやって来た様子がわかる。
 私はこれ以上登るのをあきらめて、サルのようにスルスルと木から下りた。
「どうしてあんなに高いところまで登ったんじゃ?」
 帰りはおじいちゃんの運転する軽四に乗せられて、心配そうに質問するおじいちゃん、でも本当のことは答えたくない。ダンマリを決め込んでいるとおじいちゃんはボソッと言った。
「とにかく、あんな高いところまで登っちゃいかん。助けてと言われてもわしゃ助けに行けんでのう」
「はーい……」
おじいちゃんに迷惑を掛けてまですることではないのは10歳でもわかる。こうして私は、木に登って五重塔のてっぺんを目指す計画は潰えた。

 最後は紙を丸めて五重塔のてっぺんに投げて棄てたのだと考えた私は家にある兄ちゃんが持っている野球のボールを一つ失敬しててっぺんに向けて投げて見ようとしたが、野球部の兄ちゃんならそれができるかもしれないが、私じゃそこまでボールが届かないし、コントロールもよくない。第一お寺の境内でそんなことしたら怒られるに違いない。
 結局四年生の私の頭では早速万策尽きてしまい、兄ちゃんに謝って教えてもらうにも、無いに等しいうわべだけのプライドがそれを許さず、頭の中で引っ掛かったまま学校や家庭での新しい情報が上塗りされ、その事は取り残されたままになっていた――。

 自分の中で大切なものでは無かったのか、自分の知恵が足らなかったのか結局兄ちゃんが棄てたという、私が作った『お約束カード』は記憶から次第に薄れて行き、ついには探すことそのものをやめた。それから兄ちゃんとは大きなケンカをすることなく、今まで通りに接していたこともあり、ただ時は過ぎた。
 ある日、兄ちゃんが
「あの時のカードは見つかったんか?」
って聞かれたけど、結局見つからなかったのがシャクだった私はプイッと無視すると、
「そうか、残念だったな……」
と言葉尻が小さく寂しそうに答えた事だけがやけに印象に残った。だけど、私には再び『五重塔のてっぺん』を目指そうという気は再び起こることは最後までなかった――。