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短編集『ホッとする話』

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 翌朝、尭は馬に乗り洛陽を目指した。山を下り、川を下る。その行程は数日に及ぶのであるが途中大雨がありさらに時間を要してしまいやっとのことで越えた大河のほとりにある町でこの日は宿を取ることにした。水運を使った貿易で栄えたこの町は夜でも灯りがともり、賑やかなところだ。尭は宿の窓から河を眺めながら同行している者たちと酒を飲んでいた。
「もうすぐ都に着けそうです」
「そうか、今までご苦労だったな。あともう少しだ、今日はうまい酒を飲むがよい」
 礼をして下がるしもべを見やり、これまでの道中を振り返るとあることを思い出した。
「しまった。上洛を急ぐあまり贈り物を買い忘れてしまったではないか」
 尭は道中の大変さと任務の重さで、凱が旅立ちの前日に言っていたことを忘れていた。使命はもちろん主君の様子を見に行くことだ。しかし尭にとってはそれだけではない。手紙の送り主である麗麗というのは皇帝も一目置くような美人で、尭の憧れであった。
 父が病に伏せたのであれば、麗麗の気分は沈んでいるだろう。尭は彼女の少しでも和らげたいと純粋に思っていた。それには何か土産の一つでもあげるのがいいと出発前に李凱と話をしていたが、なにを用意すればいいのか全く思い出せなかった。
「何を買えばよかっただろうか?」
 尭は付き人に問いかけるが、誰も分からない。そういえば出発の前夜池のほとりで盃を交わしながら李凱とそんな話をしたことを思い出した。
 尭は夜空を見上げると、月が輝いている。
「そうだ、月を見て思い出すのだだった――」
 思い付いた尭は夜の屋台に足を運びその並びで一番美しいものを買い、麗麗への贈り物とすることにし、懐に大事にしまいこんだ。長い旅の中で尭は任務が終われば麗麗に自分の思いを伝えようと心に決めていた。