短編集『ホッとする話』
タンスの後ろから見つかったのは、昔のテストの答案用紙だった。私の記憶にないものである上、自分の書いた字はクセがあって自分がよく分かるので、これは自分のものではない。
小学校の算数のテスト。縦長の用紙1枚のそれは上の端っこが厳重に折られていて、その理由は見える下の9割でだいたいわかる。
「まぁ、なかなか惨々たる結果……」
今なら受験モード変更中の私なので、その回答を見て問題がどんなものかだいたいわかる。それでもこの結果。この持ち主は二択であるのは間違いないけど、字や元々の頭など、私の持っている知識では回答は絞られていた。
「ほーら、予想通り」
書かれている名前は倉泉朱音、つまりはお姉ちゃんだ。
この当時のテストというと、私はまだ生まれて半年くらいの時だから、このテストの存在を知っていたはずがない。
三角形の面積の証明問題。この年齢で考えても超がつくほどの難問ではなさそうだけど正解を導けていない。この時私は、お昼に篤信兄ちゃんが言ってたことが脳裏に浮かんだ。
「そうか、そういうことか」
今さらこの原因を解明するつもりはないけど私の中でストンと落ちたのは、お姉ちゃんは問題が理解できなかったのではなく、日本語での意味が分からなかったのだと思う。
「お姉ちゃんもかわいいところあるやんか」
私はちょっとだけ上から目線で脳裏に映るお姉ちゃんに偉そうに笑って言うと、
「hang in there, you can do it Yuri」
とお姉ちゃんにそう言い返されたような気がして、これまで一番手が伸びずに積み上げられた最下層にある数学の問題集を手にとってみた。思ったほど重くなかったのを感じると、なぜだか嬉しくなった。
「悠里だって姉に不細工な姿は見せられへんよ」
私はキレイになった机に座り、お姉ちゃんが長らく隠していた答案を丸めて捨てた。
おわり
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔