小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

花は咲いたか

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

これが先ほど16の胸壁を築いた場所と地形が似ている。
Γいいか、ここでも簡単に穴を堀るぞ。なに 、土を寄せる位でいい」

台場山の二股口は深い山の中だ。
雑木林で丈の低い笹があちこちに生い茂る。
Γさて、とにかく足の速い者二人で新政府軍の陣近くまで行って、わざとウロウロして後をつけさせるんだ」
そういって若い隊士を二人送り出した。待つこと2時間ほどだろうか。
Γ敵さん、後からつけて来ます」
と言ってにわか仕立ての胸壁に飛び込む。
Γいいぞ、合図したら派手に3~4発撃って引き寄せろ。一旦、敵は引いて行くはずだ」
そうしてニヤリと笑うと
Γいいなっ!そこからがお前らの足の見せどころだ!!」
そういうなり、胸壁からはくすくすと笑い声が起こる、敵が来るのに大声では笑えない。
Γ腕じゃなくて足だと!土方奉行もひょうきん者だぜ」
と誰がが言った。ぶはっと他の誰が吹き出すと
Γおい、静かに真面目に構えろ。敵さんがやって来たぞ」
と言って土方は挙げた手を振りおろす。
そしてパンパンと派手に撃ち、驚いた新政府軍の物見兵が応戦したものの、すぐに陣へ引き返した。これで新政府軍は本隊を連れてやってくるはずだ。
Γ俺は先に帰っているから、お前達は少し遊んでこい」
親が子供に言うような台詞だが、、これで隊士達は自分が何をすればいいのかちゃんとわかっている。

Γわぁーっ助けてくれーっ!」Γ新政府軍だーっ逃げろーっ!」
口々に叫んで上二股口から30人の隊士が走って来る。逃げろ、助けろといいながら面白そうに銃を担いで、次々に胸壁に飛び込んで来る。
最後の一人が尻で胸壁に滑り込むと、あたりは一瞬沈黙に包まれた。
ドカドカ、ガサガサと大勢の軍靴の音がして、バシャバシャッと川を渡り出す。
Γ引き付けろ、もう少しだ。我慢して待て」
新政府軍が渡り始めた川の先に山道があり、それを下ると五稜郭への近道だった。
土方の手がすっと降ろされた。
とたんに凄まじい一斉射撃が始まった。互いの声など聞こえない。
衝方隊が持つ銃のほとんどがゲベール銃といって先込め銃だ。スペンサー銃と違って一発撃つごとにいちいち銃口から弾を込める。
あたりは硝煙の煙がたちこめ、ただでさえ薄暗い森の中は、見通しが効かなくなった。敵がどこにいるかもわからず、闇雲に撃つより撃ちようがない。
新政府軍も応戦していたが、土方軍の激しい攻撃にひるみが見えた。
Γよし、これから暗くなる。硝煙で敵の位置も見えない。いいか、敵が撃つと同時に赤く火花が見えるだろう?そこを狙え、夜でも命中するはずだ」
日没近くに雨が降りだした。撃ち合いは小康状態となった。
Γおい、弾薬を濡らすな!弾を守るんだ」
と誰かが言うと隊士達は一斉に上着を脱いで弾薬の箱を覆う。そして銃を撃っては、 自分の懐に銃を入れて雨から守る。土方軍の隊士達は、自分は濡れても銃や弾は守ろうとするのだ。
なんとか雨を凌ぎながら夜を徹して銃撃戦は続いた。
翌朝、明け六つ頃やっと新政府軍は退却を始めた。ゆうに16時間、撃った弾の数は3万6000発であった。
Γよくやった。皆よくやった。だが、敵は再びやってくるはずだ。すでに手の内も読まれているしな...」
そこで土方に一計が浮かんだ。敵は引いたが残っている兵もある。
Γ疲れているとは思うが、斬り込みで追い討ちをかける」
衝方隊、伝習歩兵隊から25名を選び、斬り込みは小隊長の大川正次郎に指揮を取らせ白兵戦をしかけた。
敵は面白いように逃げ回り、だめ押し勝利をおさめる。
Γこれでしばらく隊を立て直すまでおおががりな攻撃はないはずだ。俺は一旦五稜郭へ戻り、伝習士官隊を連れて来る。待っていてくれ」
弾薬も底をつきはじめていた。
誰がどう見ても勝ち目のない戦だ。
300の土方軍は800の新政府軍を押し返したのだ。だが、こちらは銃も旧式が多く兵も弾も限りがある。ふつうに戦って勝てる相手ではないのだ。
(これは近代戦だ、よく考えろ歳三。性能や数、兵がものをいう戦に何か相手のド胆を抜くようなことはないか...)
(イヤ、それだけ狙っても確実に勝てないと意味がないし...)
そんな事を考えながら土方は五稜郭に帰った。
すぐさま、箱舘市中を守る伝習士官隊の滝川充太郎を呼んだ。
伝習士官隊というのは、幕府が編成したあの伝習隊を蝦夷へ来た時に二つに分けたのだ。
士官隊の名のとおり、滝川充太郎は幕府の大目付、滝川播磨守の息子で年は18。バリバリのいいとこのお坊っちゃま。といえばなぁんだと思われそうだが、この滝川、血の気が多くカミソリのような男子である。
Γ士官隊を連れていく。斬り込みでもやろうかと思ってな」
Γ斬り込み!いいですねっ。準備ができ次第、二股口へ向かいます」
滝川、実は箱舘市中で力をもて余していた。
同じ伝習隊でも、歩兵隊を率いる大川正次郎は二股口へ出陣し活躍してるというのに、自分は士官隊で出陣どころか居残り組だ。こんな時ほど(家柄ってものも邪魔なものだ)と思ったことはなかった。
鼻息も荒く五稜郭を飛び出して行く滝川を見送り、土方は弾薬の手配を終えた。

五稜郭のまわりの木々も蕾を付けだし、春は真っ盛りを迎えている。
自室の窓を開け放し、隅々まで掃除をしていたうめ花は突然聞こえてきた足音に手を止めた。
Γこの軍靴..」
力強い足音だが、左右の足音に微妙な強弱がある。
Γうめ花!」
勢いよく扉を開けて土方が名を呼ぶ。
持っていた箒を放り出し、うめ花は土方に飛びついた。
聞けば土方軍の3倍の兵が乙部から二股口へ向かっていたのだ。
大鳥の守る木古内は相当な苦戦で死傷者も多数出たという。土方を信じてはいても不安だった。
硝煙の匂いがうめ花の胸をいっぱいにした。無事で戻ってきた嬉しさを伝えたいのに言葉がでない。今はただ、この腕の中にある愛しい男の存在を感じていたかった。
Γ勝ってるぞ、二股口は押し返した。今度は伝習士官隊を連れて行く」
土方はうめ花の髪に鼻を埋めながら誇らしげに告げる。
Γ弾薬を持って、士官隊より一足早く戻る。今度はお前も一緒に行くんだ」
Γえ!?」
嬉しかった。
遠くからただ心配しているだけの日々は辛すぎて気持ちが鬱ぐ。
土方が出陣してから、五稜郭に置いたままの身の回りの手荷物を 山の猟師小屋へ運んだり、小屋を整えたりした。
降伏を決心しているような榎本に話すことは何もなく、やがて降伏時に明け渡さなければならないはずの五稜郭を、せめて手が届くところだけはと清め始めた。
身体を動かしていればある程度の気持ちは紛れる。だけど、手を止めると駄目だった。
出陣して何日経った、敵とは遭遇したか、撃ち合いになったか、雨が降れば弾の濡れる心配、夜になれば休めているかと。
数限りない心配と不安が、胸の奥からわいて出る。そしてそのすべてに土方の姿が重なるのであった。
生きていて何が喜びかと問われれば、人それぞれに答えは違う。
うめ花の何もない毎日に喜びと生きる意味を見いだすことができたのは、まぎれもなく土方の存在があったからだった。
作品名:花は咲いたか 作家名:伽羅