逢魔ヶ刻の少女
「分かった、ぬらりひょんですね」
「ぶぶー、違うの」
喫茶店、モン・アミティエは霧雨堂から歩いて行ける距離にある。つまるところ、彩花駅周辺に立地している訳だ。
「人さまの家に勝手に上がり込んでお茶飲んで帰るだけのジジイじゃないの」
「やってることはそんなに変わらない気がするのですが……」
ある夏の日の午後。具体的に言うならば公園で怪談話をした次の日、和花はイツワがこの喫茶店に入るところを目撃した。……目撃しただけならまだしも、向こうにも気付かれてしまって、気がつけば喫茶店で一服する羽目になっていた訳だ。
関わってしまったなら仕方ない、と自分の境遇を割りきったところであるが、あまりイツワと付き合うのも不味い気がするわけだ。
その正体不明の不安感を抱きながら、今日もこの妖怪の相手をする。なんで気に入られてしまったのだろうかと、自分の素性を疑ってしまう。――まあ、疑うまでもない訳なんだけど。
「供物はありがたーく受け取るの。だって毎日ご飯を食べられる訳じゃないの」
ここでは、『供物』と書いて『無銭飲食上等』と読む。
「まあ、兎は好きだから無理してでも追っかけるの」
この場合も、兎と書いてまた別の読み方をする訳だ。
イツワがカフェラテを啜る音を聞きながら、店内を見回す。霧雨堂とはまた違った趣だが、悪くない。気分によって使い分けるのも良いかもしれない。
「睡蓮、もう一杯注ぐの」
そう言って、喫茶店のウェイトレスにイツワはカップを差し出す。
睡蓮と呼ばれたウェイトレスの名札には、【藤城】と書かれていた。
はて? 何故睡蓮なのだろうか? 多分妖怪なんだと思うが、良くは分からない。
まあ、知識のない自分が考えてもしょうがない話だ。いつか、詳しそうな人が現れたら聞いてみようと、和花はさっさとその疑問を棄て置き、そのウェイトレスを観察する。
金髪のマッシュヘア、というのは、あまり見る機会のない髪型なんじゃないかと和花は思った。もしかしたら自分が田舎モノなのかもしれないが。背が高いのが少し羨ましい。
ふと、和花は『この人とは友人か天敵にしかなれないんだろう』と思った。何かが自分にそっくりのようで、全く違うようにも思えた。それが同族嫌悪となるか、気が合う為に同じ空間にいても苦痛にならないか、それはこれから分かることなのだろう。
「ところで、昨日の話なの」
「え? ――ああ、あの人間ステーキの話ですか」