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逢魔ヶ刻の少女

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壱/煙に巻く




『――ねぇ、北区寄りの東区に廃レストランがあるじゃない』
 曰く。そこには過労死した従業員の霊が出るという。
『前々から噂のあるチェーンレストランだったのよ』
 深夜、一人で後片付けをしていると、足音が聞こえたり、人の話し声が聞こえたり。
『それでも、なんだかんだで店は続いていたわけ。その日までは――』
 その日、従業員は繁盛後の後片付けをしていた。
『その人、連日のハードワークで疲れていたのよ。過労による心臓発作だったらしいわ』
 ところで、日に百人は来店するチェーンレストランには、より多くの焼き料理を捌く為に『鉄板』がある場合がある。
『日に一度から二度ほど、料理の焦げ付きを削ぎ落とす為に鉄板を擦るんだけど』
 これが中々冷えず、温まらない。熱い方が焦げ付きが落ちやすいこともあり、電源を入れたまま鉄板の手入れをすることも少なくない訳だ。
『その人、その鉄板の掃除中に急死しちゃったわけ』
 ――もう分かるでしょ?
『――人間のステーキができてたんだって』

「――人間のステーキって美味しいの?」
「流石大妖怪。ここでその台詞が出る辺りが一番怖ろしいと思います」
 ぎーこぎーこと、全力でブランコを漕ぐ小娘二人。振り子刃めいたブランコは、ぎゅんぎゅんと虚空をメッタ斬りにする。
 学校で耳にした噂話。人間ステーキ。妖怪イツワの前でついつい口を滑らせてしまったが為に、こうして妖怪相手に怪談を興じることになってしまった訳だ。
「北区寄りの東区といえば、犬食い山姥が棲んでる辺りなの」
「野犬が少なくなった昨今、生活がさぞ大変なことでしょう」
 まさかあっちこっちに張られている『うちのポチ知りませんか?』とか『ジョン、探してます』というのと関係あるのだろうか。関係ないことを祈るばかりだ。
「というか、最初の方に怪談っぽい雰囲気を出しときながら、結末はグルメって、意味が分からないの」
「それは私も思いました」
 というかグルメなのか? いや、人間のステーキというのは妖怪からすれば十分グルメなのだろう。人間としてはグロテスチックホラーなのだけれど。
 納得いかないながらも、和花は無理矢理自分を納得させる。
「まあ、聞いただけなら与太話の類なの。そんな物騒な話があれば、真っ先に耳に届くと思うの」
「餅は餅屋ですか?」
「というよりは、餅屋の特売を聞きつけるおばさんなの」
 ああ、甘露に集まる蟻的な……。
 ぎゅんぎゅんと振り子するブランコから、飛び降りるイツワ。綺麗な空中三回転ひねり。鉄棒ならさておき、ブランコでやる奴を見るのは初めてだった。
「でもまあ、気を付けるの。火のない所になんとやらっていうの。むしろこの町じゃ煙が上がってから火が立つというのも珍しくないの」
 イツワはその忠告を捨て置いて、陽炎の中に消えた。
 根もない嘘から芽が生える――噂が真になる。この目を持ってから、和花はその意味が良く分かるようになった。
 そう様子を見ると、和花は何故か視てはならないモノを視ている気分になるのだ。
 消防車のサイレンが響く。どうやら、何処かで火から煙が立ったようだ。
 ――そうして今日も、結果と過程は逆転する。

作品名:逢魔ヶ刻の少女 作家名:最中の中