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逢魔ヶ刻の少女

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 大変な目にあった。あれから背後に何かがいるかのような不快な感覚に苛まれ、町中のあちらこちらに火の玉を見たり、人面犬に話しかけられたり、仕舞いには外国人に英語で道を聞かれた。全く関係ない外国人のことまでカンテラの所為にしつつ、和花は下宿先へと向かっていた。
 下宿先のアパートの名前は『間宵荘』。酷い名前だと和花は思う。管理人は和花の保護責任者の知り合いであり、その縁でこの町に来た際に部屋を提供してもらうことになった。
 これがまたテキトーな人物で、「無事なら後は好き勝手やってもらっていいから。まあ、先輩のお墨付きだから大丈夫だろーしね」と言いながら初夏のこの時期になっても出しっぱなしのコタツに入ってゴロゴロとしていた。
 そろそろ太陽が沈み始める頃合いだ。
「夕方がどうのってあの自称仙人、言ってましたね。夕方って、そーいえば逢魔ヶ刻って言うんでしたっけ?」
 ぽそっと、和花の口からその言葉が突いて出る。
 ザワザワと草木が鳴る。コロコロと物陰が嗤う。
 ふと、カンテラの「気を付けた方がいいね」、という台詞が和花の脳裏を過る。なんで今この台詞を思い出したのだろうか。
 ――いや、何故この台詞を思い出したのか、実のところ和花はその理由に気付いていたわけだ。
 建物の影で、けらけらと何か嗤い声のようなものが聞こえる。視えるようになって初めて分かる。アレはヨクナイモノなんだということが。
「大丈夫なの。あれは形にもならない『ただの悪意』なの。ただの悪意だけじゃ実害なんてあってないモノなの」
「その悪意が怖いんです、てぇぇぇぇえっ!?」
 どっかで見た顔だった。具体的に言えば、昼間に食事をたかってきた自称大妖怪の顔だった。
「ども、イツワサマとはわたしのことなの」
「うっわぁ、空気読まずに再登場。一気にシリアスパートからギャグパートに急落下。こんなのアニメだったら、まずネタアニメですよ」
「――? 一宿一飯の恩人が何か困ってたようなので、ここは人肌脱ごうかと。お金とかそーいうのはないから、身体で払おうと思ったの」
「なんか青少年保護育成条例に引っ掛かりそうな台詞ですね……いや、そこはどうでもいいんです。さておき、一飯はいいとして、一宿って?」
「今夜、雨が降りそうなの」
「何私の部屋に上がり込もうとしてるんですか。あのですね、良いから自分のうちに帰ってください」
「自分の家とかないです。わたし、ホームレスなので」
「ホームレスって、ただの家出人じゃ……」
 和花はそう言い掛けて、息を飲む。今まで雰囲気に流されて良く彼女を視ていなかったが、その存在の異様さ漸く気付いた。
 あの仙人の贈り物で、彼女が人間でないことが明確に分かった。
 カンテラが和花に施した術は、所謂仙術というモノだ。仙術というのは中国に置いて、肉体を人外の域に変化させ、仙人になる術、もしくは仙人が扱う術そのものとして言われるが、和花に施されたそれはその両方。人外の域に歩み寄る為の前段階の言えるだろうか。
 まずはそれがあることを知ること。何に置いてもそれが重要である。そして、そのことに付いての知識を得る。そうやって人は進歩するのだ。
 それは仙人になることに関わらず重要である。
 料理人であれば、まずは食材に付いて知ること。そして、食材の特性を学習すること。そうして得た知識を生かして料理を作る。仙人になることに関しても同じことと言える。その為に、人以外のモノを知ること。それが人が自分以外のモノに成る為に必要不可欠。基本中の基本であるのだ。
 無論、和花が今日明日仙人になる訳ではない。だが、仙人に成る成らないに関わらず、その知識は今の彼女にとって必要であった。その為に、仙人・カンテラは彼女に魔域を視る目を与えたのだ。
 そう、例えば今のように【イツワ】という『妖怪』に絡まれてしまった時のように。
 和花にとって、それは黒い靄のように見えた。人の形をしているのに、人ではない存在に、彼女は寒気を覚える。その寒気はイツワという存在を深く見ようとすればするほど強くなってゆく。
「あなた、一体……」
「わたしは大妖怪、イツワサマなの。こう見えて、由緒正しい血を引く妖怪なの」
 そう言って、彼女は舌舐めずりをしながら和花をねめつけるように見る。
「人だって、食べられる大妖怪なの」
 彼女の手が和花の頬に伸びる。ひやりとした冷たい手が、和花の頬を撫でまわす。
「まあ、あなたみたいな面白い人間、簡単には食べないの。安心するの」
 その台詞に、和花は安堵し、そして恐怖もする。
 それは、いつか食ってやろう、という言葉の裏返しにもなるわけだから。
「この町では、モノとモノとあわい――境界が曖昧なるの」
 昼と夜が入り混じる町、彩花市。全ての境界が曖昧になり、やがてそこには『魔』が生まれる。内と外、自と他、虚と実。世界と内界が入り混じることで、この町は異界と化したのである。
「だから、わたしみたいな妖怪と、あなたみたいな人間が出会うわけなの」
 三見和花は震えた声で笑う。そう、逢魔というのはそう言うことだ。価値観が絶望的に違うモノ同士が同じ空間に会してしまう。魔に逢う。魔という漢字にはある意味が秘められているという。
 ――曰く、人を殺すこと。
 彼女のような『魔』は、人に対して絶対的な殺害権限を持っている。故に、魔性。魔人。魔物。ひっくるめて『人を殺すこと』。
 ――ああ、ここは冒頭に吐いたセリフで締め括ることにしよう。
 故に、「この町には魔が棲む」――。


――『逢魔ヶ刻の少女』了

作品名:逢魔ヶ刻の少女 作家名:最中の中