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逢魔ヶ刻の少女

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 一体なんなのだろうか。何か不味いことでもやったのだろうか? それともヤバい人の類なのだろうか。和花の警戒心が一秒毎に積み重なって行く。
「長いの?」
「ここに来て一ヶ月ぐらいですけど」
「それじゃあ、気を付けた方がいいね。厄介事というのは君みたいなのが大好きだからね」
 既に厄介事に絡まれている気がしないでもない和花である。
「この町は昼と夜が入り混じっている。常夕とでも言うべきかな。いつ、どの時間でも夕方なのさ」
「何言ってるんですか。今誰がどう見ても昼じゃないですか。一ヶ月ここで過ごしてますけど、昼も夜も夕方もちゃんと来ますよ」
「ああ、ごめんね。いくらなんでも話が抽象的過ぎたね」
 そう言って、寝そべっていた男はベンチに座り直す。
「逢魔という言葉がある。読んで字の如し、魔に逢うという言葉だ。これから、魔に逢い易い時刻のことを逢魔ヶ刻と言うという。その魔に逢い易い時刻と言うのが、ズバリ夕方なのさ」
 回りくどい説明だ。
「だから、常夕の町。逢魔の町なんだよ、この彩花は」
 和花としてはかなり好みな話であるが、リアルで女子高校生を捕まえてこんな話を真顔でする男というのは、遠慮したいところでもあった。
「えーっと、つまり……お化けとかそういうのに遭い易い町だから気を付けろということですか?」
「そゆこと」
「バカですか?」
「仙人をバカ扱いするなんてっ。最近の子は怖ろしい」
「さっきも自称大妖怪に遭いましたけどね、まさか今日一日で二人も変な人に遭うなんて。今日はツイてないと思います」
「へぇ……」
 自称仙人といい、自称大妖怪といい、この町にはまこと変態が多いようだ。ある意味気を付けた方がいいのだろう。自分も大概アレな人間であると言うこと棚に上げつつ、和花は自身の不遇さを嘆く。
 ふと、自称仙人は立ち上がる。立ち上がると、相当長身の男だと言うことに和花は改めて気付く。男は和花の方に近付いて行く。
「な、なんですか……」
 男はじぃっと和花を見澄ます。
 不思議な男だと和花は思う。背が高い割に威圧感を感じない。痩せているからだろうか? 
 不自然なほど自然に周囲へと融け込んでいるように感じられる男だ。存在感がない訳ではないが、その自然さに見過ごしてしまそうになるほど、その存在に違和感がない。辛うじて特徴的なのが、その草の匂いだ。草木を嗅いだ時のような、青臭くも澄んだ匂いが男から漂ってくる。
 男はしゃがみ込み、和花に目線を合わせる。
「なるほど。“見えているけれど視えてない”のか」
「……?」
 男はそう言うと、和花の額に人差指と中指を当てる。
 ――普通なら、和花は既にこの場から全速力で逃げだしているだろう。しかし、何故かその時、和花は逃げようと思わなかった。後になって思い出してみると、本当に不思議だと思う反面、この男の前だとそれも当然であるかとも思うに至った。
「―――――――っ」
 確かに耳に響いたのに、聞き取れない発音だ。聞いたことのない言葉。まるでただの音のようで、しかし意味があるようにも感じられた。
「よし、振り向いてごらん」
 男の声に従い、背後に目を向ける。
 ――そこにいたのは、真っ白な布を被ったお化けだった。お化けは和花が自分を見ていることに気付くと、「やぁ」と片手を上げて、ふわふわと立ち去って行った。
 それだけじゃない。ベンチでうとうとと船を漕いでいた初老の男性だが、その男性の鼻が大きく腫れ上がっていた。ありえないことだ。和花は、まるで芥川龍之介の『鼻』か手塚治虫作品のキャラクターのようだと妙にズレたことを思った。
「“視える”だろう? これがこの町の本当の姿だよ」
 和花は、『自称仙人』に目を向ける。見た目では分からないが、感じる。この男が人間であり人間ではない存在であることが。
「君が今まで見ていたのは、真実の抜けた事実なんだ。あの男の人があそこにいるのは事実だけど、そこから『あの大きな鼻』という真実が抜けていたんだよ」
「あ、あの。これって一体……」
 訳が分からなかった。一体全体何が起こっているのかさっぱりであった。遂に自分の目がおかしくなったかと思ったが、何故かその考えは間違えであると思った。
「あれ? 説明しなかったっけ?」
「したけれどっ! しましたけれどっ!」
 というと、つまるところこの男が言っていた事は本当で、この町がこの男が言うところの『逢魔の町』であるということであるのか?
 自分の中の常識がガラガラと音を立てて崩れて行く。いや、真実という訳の分からないモノに塗り潰されていると言った方が感覚的には正しいのだろうか。認めた方がすっきりしてしまう辺りが悔しいと和花は思う。
「いいかい? その目で視た変なモノには、十分気を付けるように。人間ほど危なくはないけれど、人間の常識が通じないモノも多いからね」
「貴方、みたいにですか?」
「そうそう、その調子だよ。一つ注意すべきなのが、君の感覚はその多くが正しいことだ。君が良いと思うモノは大体良くて、悪いと思うモノは大体悪い。良く分からないモノは、まあ人間みたいなものだと思えばいいよ」
「そ、そんなこと言われても……」
 自分の中の常識に真実がトッピングされたのだ。これからどう生きて行けばいいのか困るところだ。
「何、気にすることはない。いつもどおりに生きて行けばいいよ。逆上がりができるようになったもんだと思えばいいさ」
「随分簡単に言ってくれますね」
 逆上がりとこれとは随分違う気がする。
「貴方、名前はなんていうのですか?」
 今日、二回目の台詞を吐く。
 男は右手を顎に当て数秒ばかり思料し、荷物に持っていた『それ』手に取って言う。
「そうだね、『カンテラ』とでも名乗っておこうかな」

作品名:逢魔ヶ刻の少女 作家名:最中の中