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逢魔ヶ刻の少女

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「え、ないのっ?」
「申し訳ありません。つい昨日、借りられたお客様いらっしゃいまして」
 一月十一日。雪が降る中、カンテラは市の図書館に出向いていた。霧雨堂の店主に紹介してもらった書物を探すためだ。
 ところがまさか。既に貸し出し中だった。郷土近年史とかそんなニッチな書物を借りていくような人間がいるとは思わなかった。いる所にはいるのだろうと、カンテラは無理矢理納得する。
 今から新聞を見るにしても、長丁場になってしまう。帰って来るのを待って、それから調べた方がよさそうだ。正直、二十年近くの新聞を全て洗うのは無理だ。
 別に急ぐ話ではないし、やることはまだあるので、後に回すことにする。これよりも急ぎの用がある訳だ。
 例えば、今猛烈な勢いで鳴っている腹を鎮めることだ。別に食べなくても問題ないのだが、この手の欲求というのは必要不必要関係なしにかま首を擡げるので厄介だ。
 ――そうだ。ステーキだ。
 カンテラはスーパーを探す。米国産でもいい。国産なんて贅沢は言わない。というか、むしろ今はアメリカンな分厚くて肉々しい肉を食べたい。
 果たして、ステーキ肉は見つかる。国産に比べたら確かにリーズナブルだが、それでもやっぱり高い。
 早速、仕事の算段を付けなければならないか。いや、しかし、食べたいのだから仕方ない訳だ。
「さらば諭吉よ。こんにちは一葉ちゃんと英世くん」
 その肉を携えて、あの店に行く。
 その店の扉は木製で、線路の枕木のような深い茶色をしている。戸の真ん中に店の名前が下げられている。
 霧雨堂である。
 その分厚い戸を開けて、店内にはいる。
「こんにちわー」
「おや、いらっしゃいませ」
 今度は、ちゃんと営業スマイル。喫茶店の主人は、カンテラを見ても眉一つ曲げない。
「ごめん、マスター。この店ってステーキってやってなかったよね?」
「え、ああ。まあ、そうですが」
「悪いだけど、作れない? 肉はこっちで調達したから。手間賃なら、まあ、ふっ掛けられると困るけど出すよ」
 そう言って、カンテラはビニール袋の中の肉を店主に押し付ける。
「ステーキ? いや、でも……」
「下手くそでも文句言わないから。ね? お願いだから」
 店主は、少し複雑そうな表情を浮かべ、やがて肉を持ってコンロのある奥へと引っ込む。
 その様子を、その喫茶店のウェイトレス。峰原あやめは見ていた。図々しい客だと言わんばかりの視線だが、カンテラは気にしなかった。
 果たして、肉を焼く音が響いて来る。じゅうじゅう、じゅわじゅわ。
「お待たせしました」
 五分ほど待っただろうか。買った時は赤々としていた肉であったが、今ではこんがり焼けており、その匂いは胃をこれでもかと刺激する。
 カンテラは待ってました、と言わんばかりにナイフとフォークを手に取る。そして、ステーキにフォークを入れる。
「うまっ! アメ産のやっすい肉なのにこんなに美味くなるんだ」
 外はカリカリに焼かれており、中はジューシー。無駄に肉汁が流れることなく、しっかりと肉の中に閉じ込められている。
「火の通し具合がコツですね。今回は強火で短い時間で焼きました」
 他にも色々とコツがあるらしい。ソースを掛けていないのに、これほど美味くなるとは。
「流石だよ。僕の見立て通りだ」
 そう言って、カンテラはバックパックの中からそれを取り出す。
 写真だ。コックや給仕らしき人らが写った写真だった。その写真を見て、店主は眼の色を変えた。
 その写真は、あの廃レストランから拝借したモノだった。
「これ、マスターでしょ」
 そう言って、カンテラはその写真の中の一人を指す。
「九十年代から……二十年ぐらい前だっけ、この店が潰れたのって」
「――ええ、バブル崩壊を越えられなくてですね」
 そう、懐かしむように店主は写真をなぞる。
「でもまあ、未練があったんでしょうね。だから、こうして喫茶店の従業員になった。ですが、結局私は、二度とコックとしてキッチンに立つことはありませんでした」
「ステーキ、お客に出せなかったんだ」
 カンテラのその一言に、店主は目を丸くする。
「なんで、それを?」
「僕みたいな根なし草はね、時折廃墟に潜り込んで寝床にするんだ。丁度好さそうな物件があるなー、と思って潜り込んだらさ、夜中、幽霊が出た訳よ」
 一口、またステーキを口に運ぶ。やはり美味い。これなら十分店で出せるレベルだ。
「マスターの顔をした生き霊がね。もうひたすら、一晩中ステーキを焼き続けるもんだから、眠れなくてね」
 そして、カンテラは笑った。店主も釣られて笑う。成程、そりゃ一大事ですね。そうそう、お腹がすいて仕方ない訳。そんな笑い声が響き渡る。
 この町、彩花市は怪奇の町。何も『不思議なこと』はない。生き霊が廃レストランで肉を焼き続けていても、それが『人間ステーキ』という怪談になるのも、『不思議なこと』ではないのだ。
 店を出ると、雪が止んでいた。
 人の未練や悪意が形になる。それはそんなに珍しいことではない。この町なら尚更だ。それは本当に怖ろしいことで、そして悲しいことでもある。その結果が人の不幸なのだ。
 実体のないモノが実態を持つ。火のない煙とはまさにこのこと。実体がないクセに実態を持っているから、掴みどころがないのに結果だけは残す。常時無敵状態とか勝負にならない。理不尽極まりない。今回はアレで済むだろうが、なるべくああいった手出しのできない厄介なモノの相手はしたくないものだと、カンテラは思う。
 死者を救うのは、生き物の領分ではない。生きているものが救えるのは、生きているモノだけだ。報いることはできても、それは決して救いではない。
「怖い怖い。お化け怖い。生きてる人間も怖いけど、お化けも怖い」
 そうぼやき、頭を掻きながら歩き始める。
 ひとっ風呂浴びて、とりあえずは財布の中を満たす事を考えよう。

作品名:逢魔ヶ刻の少女 作家名:最中の中