逢魔ヶ刻の少女
「坂崎。犬食い山姥の根城辺りにある廃レストランに付いて知ってることを洗いざらい全部吐くの」
身長差の関係上、坂崎店主を上目づかいで見上げる形になるイツワであるが、その口から出てきたのはあまりにガラの悪い台詞だった。
「そうは言われましても、僕が知ってることなんてそんなに。九十年代に閉店した、というぐらいで」
「九十年代、ですか?」
「君は赤ん坊ぐらいかな?」
和花の歳は十五。九十年代といえば、丁度和花が生まれた頃に当たる。
「世情はお世辞にも良いとは言えなかったですね。バブル崩壊後の絶望感が、世紀末という名を借りて跳梁跋扈していた時代です」
失われた十年。暗雲の九十年代。アンゴルモアの大王が世界を滅ぼすと言われた時代だった。世の中に対する鬱屈が今にも弾けそうで、現に日本史に残るような大事件が重なった時代でもあったと、坂崎店主は語る。
「宮崎勤事件、地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、酒鬼薔薇聖斗事件。この辺は名前だけでも聞いたことがあるでしょう?」
八十年から九十九年までの二十年間で、これだけの凶悪事件が重なったという、現代っ子である和花にとっては想像しがたい時代である。
「この町だけでも、『彩花高女子生徒焼身自殺事件、『七日市事件』、『私鉄彩花線利用者行方不明事件』等など。ざっと並べただけでも、これだけの未解決事件がありますね」
未解決事件という辺りに、この町の治安の悪さが窺い知れる。
「人間ステーキの噂は聞いたことあるの?」
「人間ステーキ? ああ、アレですか。ありゃぁデマです。そもそも、あのレストランが閉店したのは、バブル崩壊を乗り切れなかったのが原因ですので」
「……やっぱりただの噂ですか」
和花は安心したような、少し残念なような、微妙な気持ちになる。
「いえいえ。噂というのは怖いモノですよ」
店主はコーヒーミルのハンドルを回しながら言う。
「噂というのはまっこと厄介なの。実体のないくせに実態を持ってるの」
「あの、意味が分からないですけど」
「簡単な話です。存在があやふやなくせに、結果だけはそのまま残すのです。まるで、幽霊の類のように――」
和花はやっぱり意味が分からなかった。