小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夜行譚7-代償ー

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

玉藻は、必死に見上げてくる大きな瞳に浮かんだ涙を細い指先で掬い取ると、にっこりと微笑んで告げた。

「方法は、ある」

「本当!?どんな!?何でもするから、教えて!!」

玉藻の言葉に顔を輝かせた橘花は、袖をよじ登ってきそうな勢いでしがみ付いてきた。

「なんでも?」

「うん、なんでも!!」

「痛いかもしれぬ」

「構わない!」

「苦しいかもしれぬぞえ」

「構わないったら」

「泣いてしまうかもしれぬなあ」

「泣かない!!!」

「桜花は望まないかもしれぬ」

「…!」

思ってもいなかった玉藻の発言に、橘花は言葉を失い、行き場を失った言葉は、徒に唇を震わせた。
私たちが一緒にいられるようになることを桜花が望まないなんてこと、あるだろうか。
ちらりと、玉藻の目を盗み見る。
黙ったまま、橘花を見つめる玉藻の瞳には、何の色も見えない。
でも少なくとも、嘘を言っていう目ではないと、思った。
なら、嘘でないとするなら、本当に桜花が再会を望まないとしたら、どうして?
桜花は私を嫌いになったのだろうか。だからもう私には会いたくないの?
私が、弱虫だったから、いけないのだろうか。
桜花を一人で行かせてしまったから?
でも、だったら

「橘花」

「…構わない」

「橘花…?」

「構わない!桜花が望まなくっても!私は桜花と一緒にいたいもん!今度こそ、もう離れないの!!」

瞳に涙を湛えて、けれどそれを必死に零すまいと顔を上げて叫ぶ橘花を、玉藻は少し困ったように笑いながら見た。

「橘花、桜花と再び見えることは出来る。
 じゃが、それには痛いことも辛いことも苦しいことも哀しいことも付いてくる。
 耐えられるか?」

「耐えます。耐えられます!」

「そうか、では、術を行おう…」

玉藻がそう言ったとき、右手に抱かれた光が小さく明滅した。
橘花には、それが桜花が笑っているように見えた。

(きっと、もうすぐ会えるよ。そうしたら、今度は絶対に、離れない。約束するから…)
一つ、残った瞳を開くと、懐かしい顔が、心配そうに覗き込んでいた。

(おかしいな、たった三日なのに、こんなに懐かしい…)

「桜花…」

夢では無い証拠に、伸ばした手は桜花の頬にちゃんと届いた。

「会いたかった…」

存在を確かめるように、ぺたぺたと顔中を触る橘花の手をくすぐったそうに受けながら、桜花も手を伸ばし橘花の顔の半分を覆った髪をかき上げた。
そこにあるものを見て、表情を曇らせた。

「バカ橘花…女の子なのに、顔に傷なんて…」

髪で隠されていた橘花の顔の左半分は、醜い傷が広がっていた。
そして傷の中心である左目は、本来の色である黒ではなく、生き物として有り得べからざる紫紺に染まっていた。
けれど、醜い傷を表に晒して、それでも橘花は満足げに笑った。

「桜花とおそろい、だよ」

橘花がさらりと桜花の顔の右半面を覆った前髪をかき上げると、そこには橘花の顔にあるものと同じ傷跡が醜く這っていた。
そして、その瞳もまた紫紺。

「バカ…」

悔しげに顔を歪ませて、桜花は橘花を強く抱きしめた。

「おかえり、桜花。会いたかった。会いたかったよ…!」

「ただいま、橘花。僕も、会いたかった…!」

残った片目から、涙を零しながら再会を喜ぶ二人を少し離れて見つめながら、玉藻は複雑な想いを抱いていた。
桜花の身体は、橘花の左目を依代に、桜花の魂魄を移し、玉藻の妖力を分け与えて作った、言わば人形のようなものだ。
獣としての生を終え、力を与えた玉藻に尽くして生きることを強要される人形。
その支配は、桜花は勿論、術の行使を願った橘花にも影響する。
二人揃って玉藻の支配下に陥ってまで得たものは、人形の身体。
自身と呼べるものは、微かに残った魂魄の欠片のみ。
玉藻の妖力を与えてはあるものの、いつ燃え尽きてもおかしくない程、微かな命だ。
魂魄が尽きれば、身体も砂のように崩れて消えるだろう。
それはきっと、然程遠くはない話だ。

(酷、だったろうかの…)

玉藻のしたことは、一度で済んだ筈の別れの切なさを、痛みを、徒に繰り返そうとしているだけではないのか。
橘花は再び桜花の命が消える様を見ねばならず、桜花は再び橘花を置き去りにする痛みを抱いて行かねばならない。
二人とも、本当はあの時露のように叢の中で儚く消えてしまった方が良かったのではないだろうか。

(例え、二人の望みを裏切ってでも…)

そうしてやることが、大人として正しい行動だったのではないか。

(大人、ね…)

己の思考の中に浮かんだ言葉に、思わずくっと笑いが零れる。
何年、何十年、何百年?
長い長い時を過ごしてきた自分に大人だの子供だのという観念が未だ残っていようとは。

(愚かよのう、何度も見てきた筈じゃのに…
 大の大人が大勢揃って道を間違える様も、年端も行かない子供一人が正義を貫く様も。
 …そう、何もわからぬものじゃ。終えてみるまでは…)

「桜花、橘花」

お互いの身体を確かめるようにじゃれあう二人をちょいと手招きすれば、二人は転がるように玉藻の膝元へ駆け寄ってきた。

「「はい、主さま」」

そして声を揃えて言う。明るい声だ。
わけも無く、玉藻は喉が震えた。

「桜花、橘花、お主らに、言うておかねばならぬことがある。
 桜花、薄々わかっているとは思うが、お前の魂魄は僅かしか残っておらぬ。
 どういうことか、わかるの?」

「はい…長くは生きられない、ということですね」

「桜花!?」

桜花の言葉に玉藻が頷く前に、橘花の声が響いた。

「ど、どうして、どういうこと…?主さま、ぬしさま、どうして…?」

「橘花…」

「言ったとおりじゃ、桜花の魂魄はそう長くはもたぬのじゃ。
 魂魄は、命そのもの。失われれば、即ち死じゃ」

「じゃあ!また私の身体をあげる!どこでもいい!どこでも使って!そうしたら、また…」

「橘花、それは無理なんだよ」

「おう、か…」

「身体が作れても、魂魄が無ければそれは僕じゃない。
 橘花は、ただの人形が欲しいわけじゃないでしょう?」

「ち、違う、桜花がいいの、桜花がいなきゃダメなの…」

橘花は、すっかり色を失って抜けるように白くなった顔を、小さく何度も横に振った。
そんな橘花を、桜花は心配そうに見た後、困ったように玉藻を見た。

「橘花、言うたであろ、桜花と再び見えるには、辛いことや苦しいことも付いてくる、と」

「そんな、だって、こんなの、酷い…ひどい、ひどいよぉ…」
愕然と見開いたままの右目からぼろぼろと零れ落ちる涙を、桜花は為すすべも無く見守った。
泣くことは無い、と心配はいらない、と言ってやれればどんなにいいだろう。
そして橘花もきっとそれを待っているのだ。
でも、今そんなことを言ったとて何になるだろう。
今この時の涙を止めることが出来たとしても、それはいずれやってくる別れの日には何倍にもなって溢れるに違いないのに。
桜花は、何も出来ないまま硬く手を握り締め、橘花は、何も言わない桜花の態度に絶望を重ねた。
絶望の姿は暗い気持ちを後押しして、言ってはいけない言葉を吐き出させてしまう。
作品名:夜行譚7-代償ー 作家名:〇烏兔〇