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ワルツ ~二十歳の頃~

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 土曜の深夜にアパートに帰った俺は、ヒデがいないことに気が付いた。俺がバイトから帰る頃には、寝つきのいいヒデは俺が帰ったのもしらないで朝までぐっすり寝ているのが普通であった。
 もう零時を過ぎている。今夜は帰らないのだろう。彼女と映画を見に行くと言ってたな。そのあと二人で……。自分に彼女がいない無念さと置き去りにされたような思いが胸を締め付ける。二人が安ホテルで抱き合っている妄想を無理に打ち消して布団を敷いた。
 さして広くない部屋がひどく広く感じられる。布団に入ったものの、思いがさまざまに錯綜し、眠気もとんでしまった。焦燥感を伴う何かのエネルギーに突き動かされ、俺は着がえて部屋を出た。
 駅に着いた俺は最終の池袋行きに乗り込んだ。まばらな車内には、数人の酔っぱらって眠り込んでいる奴とピッタリ寄り添ったカップルしかいない。そのカップルに「チェッ」と舌打ちしながら、電車を降りた。
 足は自然に賑やかな、明るい方に向かう。オールナイト興業の映画館街、派手なネオンの飲み屋街。俺はあてもなく歩いていた。千鳥足のサラリーマン。何か面白いことはないだろうかとウロウロする青年。ピッタリ寄り添って周りが目に入っていないカップル。
俺はわざとカップルの間を通り過ぎる。ギリギリまで繋がれていたカップルの手が離れるのを見ながら「けっ、いちゃいちゃするんじゃない」と心で毒づいてさらに歩く。
 気が付くと俺の前からくる人々が慌てて道を空けた。俺の顔はそんなに怖い顔にになっているのだろうか。
 酔っぱらいが、俺の怖い顔に気づきヨタヨタと脇へよけた時にごみ箱を倒してしまった。
欲求不満が投げやりな感じになって俺はさらに歩いた。少し先にこちらを見ている女性がいる。誘われるようにピンク色をバックに立っている女の前に立った。女は一瞬脅えた顔を見せたが、俺の顔を見て、まだ小僧じゃないかと思ったのだろう。表情が変わった。
「お兄さん、あそこ見たいんでしょう。入る?」と愛想笑いを浮かべ階段の上を指差した。
 俺はハッキリしない気分のまま、階段の上を見上げた。ゴチャゴチャとピンク色や青色の照明に照らされた幾つもの看板が並んでいる。そのうちの一つなのだろう。
「いくら」と俺は急に自信のない自分に戻り、尋ねた。
「三千円」ぶっきらぼうに女は答えた。
 俺は首を振った。
 俺にお金が無いと知ると、急に女は怒った顔になり「けっ、お金が無いなら人の前に立つんじゃねえよ」と大声で喚いた。