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ワルツ ~二十歳の頃~

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 すっかり惨めな気持ちに戻り、俺は映画館街に向かった。話題作を上映している一画を過ぎ、女の裸がいっぱいのポスターが貼ってある映画館に入った。入ってすぐ、アップになった女の上半身裸が目に入る。喘ぎ声も悩ましい。
 最初の衝撃と感動は、次第に慣れてしまって、だんだんと惰性で見てしまった。ストーリーなんてどうでも良かった。
 結局朝までそこにいた。喉が渇いて売店でコーラを買ってソファに座り、飲んだ。飲み終わって、立った時に腰が疲れている感じがして、腰を伸ばす運動をしながら立ち上がった。腰をさすりながら売店の前を通り過ぎた時、売店の二人の女性が顔を見合わせて笑っていた。俺が腰が痛くなるほどエッチな映画を見ていたことを笑っているのだろう。
「くそっ」
 俺は飲み終わった缶を隅にあるごみ箱めがけて投げつけた。缶はコンクリートの壁にぶつかって、大げさな悲鳴をあげる若い娘のように騒いで静かになった。またイライラを伴うエネルギーが湧いて来ている。
 映画館を出た早朝の街は人もまばらだった。歩きながら、先程まで見ていた映画のシーンが浮かんだ。それはすぐに色あせて消えた。実物に手を触れ抱きしめてみたい。いやそれよりも恋がしたい。思いが頭に渦巻いている。――その辺に女でも落ちていないかな――
拾ってどうする――警察に届けて御礼に女の一割もらう――どの部分の一割だ――うーん、顔かおっぱいか、あそこか――若い娘とは限るまい――落ちてないって―― バカじゃないのお前はと、もう一人の俺が言う。徹夜のもうろうとした頭でさらに歩いた。

 始発電車がもう出ているかもしれなかったが、俺は予定外の出費をしたために、二駅を歩いてアパートに帰ることにした。だんだんと頭がクリアになってくる。
 夜中に雨が降ったのだろうか。朝日が線路脇の雑草に当たり、水玉が豆電球のようにキラキラと輝いている。そこから濃密なエネルギーが放射されているのを感じた。なんて生命力にあふれているのだろう。それが雑草ということが自分に照らし合わせて余計に感動をよんだ。俺は何かが変わってきていると感じた。自分のなかで。
 ――まだ二十歳だ。これからいいことがあるだろう―― 未来が見えた訳ではなかったが、内から湧いてきているエネルギーは実感された。頭に残っていた映画の退廃的な肉体が少しずつ消えて行き、ヒデの彼女の美しい身体のラインを頭に描いた。あの肩から背、背からお尻の見事な曲線を絵にしたいと切実に思った。また絶対に素晴らしい絵が描ける、と天の啓示のような思いにとらわれた。いまだかつてこんな激しい絵への欲求は無かった。俺は足早になってアパートに向かって歩いた。


♪晒すのは恥しかない
 ありのままあらん限り
 血肉とて いつかは
 皮膚を出て不明になるのだや
  
   生きても生きてもワルツ
   死んでも死んでもワルツ
   出会いも出会いもワルツ
   別れも別れもワルツ