ワルツ ~二十歳の頃~
バラ色に思えた俺達の未来も色々な色がふりかかるようになった。純は少年を脱皮して「女っぽくなったね」と言われるようになったと言う。それは嬉しいことなのだが、一種の淋しさもつきまとう。俺はそんなに大人になっていないのではないか、何も変わっていないのではないだろうかという感じは否定しようもない。明るい爽やかな表情が多かった純も、今までに見たことのない表情をすることに気づいた。季節のせいだろうか。俺は思った。少しずつ街路樹が色を変えていた。
「先輩が色々と言ってくるの」純は心細げに言う。
「何を?」
「私たちのことを」
「何だって?」
「まだ二十歳だし、貴女はいいだろうけど、菊田さんは、男の二十歳はまだ子供だって」
俺はプライドを傷つけられたように思った。純の同室の先輩の顔を思い浮かべた。三十になろうかという事務職員で、上役には愛想がいいが、若い男の社員を子供扱いする女性だった。
「よけいなお世話だ」俺は怒って言った。
「でも、結婚は」と言って、純は黙った。
俺は、自分に呆れてしまった。それは衝撃といってもいいだろう。言われるようにまだ子供だったのかも知れない。ただ何となく、この満ち足りた甘い生活が続くことを願っていたのだから。純の社会的位置と自分達の将来の展望も無しに。
「いずれ、するさ」とは言ってみたものの、それで純が納得することは無いだろう。
「うち、田舎だから近所に色々なことが筒抜けなの」純は言う。
ああ、自分だって東北出身だからわかっていたはずなのに。今頃純の先輩から実家に電話があり、男と奔放に遊び回っているというウワサになっているかも知れない。俺は有頂天になって、何も考えずにいたのだった。
「私、少し考えようと思ってるの」 純の困った表情は痛々しかった。
「このままじゃ、ダメってことかい」この期に及んで、またこんなことを言う自分が情けなかった。
「そのうち、父が出てくるって」純はつぶやくように言った。
俺は純を納得させる言葉が見つからなかった。いつも俺の腕を掴んだり、手を握り合って歩いていたのに、今日は体を触れないで歩いている。その間を寒い風が通りすぎて行く。
「今日は帰るね」と純が言って駅に向かった。
「送ってくよ」と俺は後を追った。
「まだ時間が早いから大丈夫」純はきっぱりと言った。
俺はその毅然とした態度に、立ちつくした。まるで自分が大人になりきれていないことを見透かされたような気がした。人混みの中で、誰もいない薄暗い野原に置き去りにされたような気がした。体の中を風が通り抜けていく気分だった。
とぼとぼとアパートに向かって歩いた。「もっと大人にならなくては」と自分に言い含めるのだが、その言葉もまた風に飛ばされそうになる。うつむいて歩く歩道に黄色い枯葉が舞って、自分がもうすぐ二十一の誕生日を迎えることに気づいた。
作品名:ワルツ ~二十歳の頃~ 作家名:伊達梁川