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ワルツ ~二十歳の頃~

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 俺と純は都合がつくごとに夜の繁華街を歩き回った。ベーカリーで焼きたてのパンを買い、食べながら歩いた。
「歩きながら食べるのっておいしいね」
「うん、手から直接食べるからだよ。きっと」
 まだ給料が安いので、ぜいたくは出来なかったが全然気にならなかった。カウンターだけの餃子屋で食べたり、駅ビルの地下でソフトクリームを食べたり楽しい日々を過ごした。
いつの間にか、二人は手をつなぎあって歩いていた。初秋のさわやかな風が顔をなでて過ぎる。おめでとうとでも言っているように。
 ある店の人に姉弟と間違えられたこともあった。それは二人の間に性的な匂いがしないということかも知れない。爽やか過ぎるカップルかと自嘲することもあったが、全く女っ気の無かった頃の女体への憧れが、薄れている気もする。時々、キスをしてみたいと思うのだが、顔が近づいたとたんに純が笑い出したのことがあって、きっかけが掴めない。それはまた無理にすることもないだろうと思った。
 
 先に二十一歳の誕生日を迎えることになった純に、お祝いの品を買ってあげるという約束をして、二人は街を歩いた。
「あっ、ねえ。ちょっとあそこに行ってみない?」
 純の視線の先に小さなアクセサリーの店があった。俺はもうそこに向かって歩きかけている純の後を追った。 
 そこでは指輪がたくさん飾られていて、また目の前で指輪を作っていた。純は熱心にそれを見て、飾られている指輪の中から、銀のつや消しのものを選んだ。それは高価なものではなかった。
「欲しいの、それ?」と声をかけると、純は頷いた。
 予算内で買えるので、俺はサイフからお金を出した。
「わあ、嬉しい」純は早速指にはめてみる。一瞬どの指にしようかと迷ったすえ、左ての薬指にはめた。それは人によってはおもちゃとも思えるものかも知れない。しかし、俺に見せる顔は輝いて見えた。もういくらでも買ってあげたいと思える表情だった。
「その指は結婚したときじゃなかったかな」と俺が言う。
「いいの、この指で」純は断定的に言った。
「でも、会社にはして行かないから大丈夫」と悪戯っぽい目で俺を見た。
 純の住んでいるアパートまで送っていくことにした。線路沿いを歩いていると、もう秋の虫がやかましいくらいに鳴いている。いつもより会話が少なかった。それは疲れているかもしれないが、二人で何かを感じていたせいかも知れない。あと少しという所で、純が立ち止まり何かを言おうとした。俺は純に近づいてそっと肩を抱いた。純の顔が俺を見上げるように上を向いた。俺はその唇にそっとキスをした。じーんと体全体からあふれるような感じがひろがる。緊張を感じていた純の体が少しずつ解けていくのを感じた。
 ただ触れただけだった唇同士が何かを求めるように動いた。禁断の実という言葉が頭に浮かんだ。踏み切りでカンカンと音がして、我に返ったように二人は体を離した。ごとんごとんという音が電車の音か自分の心臓の音なのかわからない気がした。
「ありがとう」純は恥ずかしそうにうつむき加減でそう言って下げ袋を拾い、走るように去って行く。
「楽しかったよ」俺は後ろ姿に声をかけた。
 純が立ち止まり振り向き、手を振ってから背を向けた。アパートの階段を上って行く純を確認して俺は駅に向かった。体の奥でくすぶり続ける情欲を「はしたない」と言って押さえつけた。唇の感触を逃がさないように、反芻してゆっくりゆっくり歩いた。さっきはやかましいと感じた虫の音が俺達を祝福しているように聞こえる。