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ワルツ ~二十歳の頃~

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 まだ日中は暑いのに、陽が短くなり、夕方にはかなり涼しくなってきている。せき立てられるような真夏のエネルギーとは違った、しっかりと落ち着きのあるような力が内から湧いてきているような気がした。それは純と付きあいが出来そうだということからきているのか、あるいは自分が少し大人になったせいかは分からなかった。
「ごめん、待ったー」と言う声がして、俺はちょっとビックリしてしまった。会社の方を向いて見ていたはずなのに、いくら通る人が多いとはいえ見逃したらしい。会社で制服姿しか見ていなかったので、ワンピース姿の純を見るのは初めてだった。サーモンピンクの身体のラインがしっかり見える姿が眩しい感じがした。細めでありながら、お尻が大きいのも印象的だった。仕事場では感じなかった女を感じて俺はその感情をもてあました。
「ん、どうしたの? 変?」純は自分の姿をあちこち見直しながら言った。
「え、いや、あんまり印象が違っていたんで」と俺はしどろもどろに言う。
「どういう風に?」
「いやあ、あんまりきれいでびっくりした」
「ああ、いつもはきれいじゃないんだ」
「いや、そんな意味ではないけど、ほんとに可愛いし」
「ほんと? 会社が終わって、急いでアパートに帰って着替えてきたんだ」
 純はそう言って喫茶店の入り口を見た。
 俺は純のワンピースのファスナーが少し開いているのに気づいた。
「ねえ、ちょっと」
 怪訝そうに振り返る純を「そのままでいて」と止めて、ファスナーを上げた。
「ありゃ、開いてた? 何かすーすーするような気がしたんだ。何しろ、男の人と喫茶店なんて初めてだから、あがっていたのかな」
 そう言って、恥ずかしそうに笑う純もまた可愛い。
「俺も女の子と初めて」そう言いながら店内に入った。
 喫茶店の席に向かい合って坐って、思ったようには固くもならずに自然に話ができた。
それはファスナーを上げる時に肩に触ったせいかも知れない。純もまた自然に振る舞っているようだ。
 俺の冗談に笑う顔も、時に真剣に俺を見る眼もキラキラ輝いている。猫を思わせる目と少し濃いめの眉が真っ直ぐで意志の強さを感じさせる。小さな鼻と口。俺はあたりに充満しているBGMも、他人の話し声も耳に入ってはいなかった。そして回りの風景も。純の一瞬一瞬の表情が美しく、新鮮だった。
「あまり遅くなると先輩がうるさいから」と名残り惜しそうに別れる時に、俺は手を差し出した。それは男と女を意識しないでつきあえるような気がしたせいかも知れない。純もまた嬉しそうに手を握り返してくれた。その手もまた女というより少年に近い手に見えたのだが、それでもふわっとした感触があった。
「今度は、休みの日にどこかに行こうか」と、抵抗なく言えた。
「うん」とうなずく純の笑顔に俺は思わず「神様ありがとう」と心で叫んだ。
 アパートに帰って俺は純といったい何を話したのだろうかと思い出そうとするが、断片しか浮かんでこない。俺も舞い上がっていたのだろうか。長野生まれであること、山林の地主の末っ子ということと、母親が小さい頃亡くなって写真でしか見たことがないとか、寮のようなアパートに一緒に住んでいる先輩は口うるさいとかいうことだった。しかし、最初に目にしたワンピース姿とキラキラ光る目がしっかりと俺の脳に定着されている。