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ワルツ ~二十歳の頃~

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 またノズルを洗いながら、俺は今のシーンを思いだしていた。さわやかな印象だった。
それから何かと自分に言い訳して、写植の部屋に訪れた。眼はさりげなく彼女久保を探しながら。皆、真剣に機械に向かっている。カチャカチャという音が部屋中に流れている中で、少し不純な思いも持って俺はここに来ているのを恥ずかしいと思うような雰囲気がある。ちらっと見た彼女の写植機に向かっている真剣な姿もまた美しかった。俺は頭のスケッチブックにその横顔をスケッチした。
 ここでは、ある時間が経って写植が出来上がったら暗室に入る。そしてついでに定着液から水洗に廻す。その作業中の久保に会った時、俺は名前を聞き出し、彼女は純という名前であることを知った。その名前もまた中性的な彼女にぴったりのような気もした。
 純は高卒でここに就職し、先輩と一緒に会社が借りている近所のアパートに住んでいるということだった。
 ある日、純に「菊田さんって絵が好きなんですか?」と聞かれた俺は「うん、今描いている絵が出来上がったら二科展に応募しようと思ってるんだ。今年の公募〆切は終わったから来年までには」と、得意そうに言った。
「わあ、みたいなあ」と眼を輝かして言う純はなんとも無防備で、気安さを感じた。俺は今まで、女性に対して受動的であったことから卒業できるような気がした。
「こんどお茶でも飲みに行こうか」と俺は月並みはセリフしか言えなかったけれど、少し女性に対して気後れせずに話せるような気がした。
「わあ、嬉しい」純の、いかにも育ちの良さそうな反応もまた嬉しかった。
「今日、いい?」純は、急に真顔になって言った。
 俺は「やったー」と心で叫び、さり気なく会社から十分ぐらいの所にある駅前の喫茶店の名前をつげ、退社時間の三十分後に時間を告げた。
 どこからかわざとらしい咳払いが聞こえ、純はハッと気が付いたように首をすくめ、チラッと舌を出して去って行った。