ワルツ ~二十歳の頃~
ワルツ4
描きかけのスケッチブックは、すぐにいっぱいになり、俺はチラシの裏を使って描いた。
頭の中のイメージがうまく表現されない。惰性で美術学校に行っていたことが悔やまれる。
まだまだ描かなければならなかった。自分の才能を疑いながら描いていた今までとは違うという自信めいたものがあった。結局学校なんて必要ないだろうと、俺は絵の学校を止め、就職することにした。ヒデとの男二人の共同生活も終わりにして、俺は一人で安アパートを借りて生活し始めた。絵は本当に描きたいと思った時描けばいい。そう決めた。生活の基盤をしっかりしなくては恋愛も出来ない。高校美術部の先輩に相談して、最初に就職した会社と同じような会社に入った。仕事はエアーブラシだった。少しは絵心があるということで採用して貰った。印刷物の背景に0〜50パーセントのグラデーションをつくるとか、チラシに使う写真の商品の背景を消すとかいう作業で、残業という日を除くと、作業は楽しく遊んでいるようなものだった。仕事はすぐに覚え、それを教えてくれた女性はじきに結婚退社してしまって、狭い部屋に一人で仕事をするはめになった。
ある日、俺はエアーブラシのノズルの洗浄のために写植の部屋に行った。そこは印画紙を現像、定着、水洗するためにいつも水が流れている所がある。その一画でノズルを洗っていると、女の子に声をかけられた。
「エアーブラシ、楽しい?」
俺は声の方を振り向いた。水洗が終わった写植の印画紙を吊しながらその女の子は
「私、ここへ入った時にエアーブラシをやりたかったんだけど、うまい人がいて、写植に回されたの」と笑って言った。
少し男っぽい感じというか少年のように見える彼女だった。少しハスキーな声がまた少年ぽい。
「えっと、菊田さんでしたっけ」と入ったばかりの俺を違う職場ながら名前を覚えていてくれて嬉しくなった。
「あ、はい」ノズルを洗うことも忘れて見とれたまま、俺は笑顔で言った。
「私、久保です。佐々木さんいくつ?」まっすぐにこちらを見つめる黒目がおおきい眼に
どぎまぎしながら「二十歳です。もうすぐ二十一ですけど」と答えた。
「ああ、おんなじだ。もしかしたら年下かと思ったけど」そう言って彼女はまた作業に戻った。
「よろしく」と俺はとりあえずそう言った所で、誰かに呼ばれて彼女は「じゃあね」と言って自分の席に戻った。
作品名:ワルツ ~二十歳の頃~ 作家名:伊達梁川