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相談屋

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 「『何かを得たときには何かを失っている』ということさ」

 耳は音を聞いているはずなのに意識の中に入ってこない。皮膚感覚もない。視覚だけが妙に強調されているようだ。平衡感覚も残っているようだが、現実感がない。歩いて前に進むと後ろに自分の大半が乖離して残っていて、それを置いてけぼりにするまいと引き摺っている。どうやら自分はこの世界で不安定な存在になってしまったようだ。
赤、白、青で彩られた円柱がぐるぐると回っているのが目にとまる。永遠に続く螺旋階段を三つの色達が駆け上がっていくようだ。しばらく眺めてから、私は扉を開けて理容店の中へ足を踏み入れた。
 店主が先客の髪をパチパチと鋏で切りながら、にこやかに「いらっしゃい」と声をかけてきた。
 私が散髪用のイスにどっかと座ると店主が前掛けを広げながら聞いてきた。
 「今日はどういたしましょう」
 どうやらここは自分の馴染みの店だったようだ。「いつもどおりにしてくれ」とだけ答えて私は目を閉じた。
 前掛けが顔の前を撫でていきながらも私の思索は間断することなく続いていく。
 散髪が終わり、店主が髭剃りの準備に入った気配を感じ、私は目を開いた。
 鏡の中の私はてるてる坊主が首を吊っているような格好で首を九十度右へ曲げた状態で存在していた。
 しかし、これはおかしい。幻覚としか思えない。
 もし自分が首を曲げているのなら鏡の中の私を見たときには顔が正面に同じ角度で見えているはずである。
 突然、体が仰け反る形で後ろに倒れた。どうやら店主がペダルを踏んでイスを倒したらしい。
 鏡の様に磨かれた剃刀が私の鼻先を左右に飛び交う。そこに映る自分の顔を目で追いながら私の意識は心の奥の方へ沈降していくようだった。

 後ろから理髪店の店主が何かわめきながら追いかけてきていたが、私は構わず商店街の人ごみの中へ入っていった。早足で歩いていると風景がぐらぐらと揺れながら加速していく。頭の中まで揺らぎが伝わってきて、思わず傍らにあった電柱に手をついて立ち止まった。そばにある魚屋の軒先では私が立っていて、買い物カゴを手に提げた私と何やら立ち話をしている。その店先では私が路面に這いつくばるようにしながら蝋石で手足のバランスの悪い動物らしきものを描いていた。
タクシーが前から近づいてくる。運転席には私が当たり前のような顔をして座り、後ろの席では私が新聞を広げて読んでいる。タクシーが自分の横を通り過ぎる時に後部座席の私と目が合った。

 頼子 一

流し台のステンレスには一心不乱になって真剣な表情をした頼子の顔が映っていた。白い液体状の研磨剤とスポンジを使って表面を磨いていく。
定期的に何度も磨いているので鏡のようになったステンレスには台所の風景が鮮明に映し出されていた。
虚像の中に自分はいない。実像を見ようとしても顔だけ見えない。頼子は飽きるまで流しの金属部分を磨き続けた。
日差しがゆっくり減少し落日を告げると、頼子はようやくスポンジを手から引き剥がして流しの脇に置いた。
明かりを自然光に頼っている平屋建て木造住宅は陰影の深さを増していく。わずかな物音は柱の一本一本に吸い込まれ、静謐で厳かな空気を醸し出していた。
頼子が奥の和室を覗くと新造が机にむかって書き物をしているのが見える。
 そのまま近づいてみたが、新造はひたすらペンを動かしているばかりで何の反応も見せなかった。
畳の上に、書きあげたものだろうか、堆く原稿用紙の束が積まれている。頼子はそれを拾い上げ読み始めた。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

和風な墓場には似つかわしくない洋館が建っていたりします。他にも南国でもないのに椰子の木が植えられていたり。
 格好の遊び場でした。ユラユラと、煙がのぼっていくみたいに、立っている卒塔婆。重厚なわりには、存在感の薄い墓石の間を縫って走っていくのです。しばらく駆けていると、ようやく、追いかけてきます。
 車が。まわりの仲間をバタバタと倒していき、わたしだけになります。わたしは洋館の中に逃げ込みました。
 背もたれのついた木製のイスとテーブルが鈍い光沢とともに存在し、天井には鈴蘭の形をした照明器具がたくさん並んでいます。それを見ながら進み、まんとるぴいすの上に。上半身が見えたのでわたしは助けを呼びました。
 「たすけてください!追われているのです!」
 何の反応も示しませんでした。わたしは上半身を床に投げ捨て奥のほうへ逃げました。そこには棺桶が設置されていました。不思議なことにその棺桶は人の形をしているのです。まるで殺人現場で描かれる白線のようでした。
 告白すると、わたしは棺桶の中に、はいるのが好きだったのでございます。ヒンヤリとして、静かで、桧の香りが心地よく鼻孔をくすぐり、たいへん落ち着くことができるのです。小窓もついていますから暗いこともありません。
 わたしは、その中で寝入ってしまいました。気がつくと、どこかから読経が聞こえます。どうやら、わたしが棺桶の中で寝入っている間に葬式が進行しているようなのです。わたしは、はてなとおもいました。わたしのまわりを暗闇がおおって、一条の光も差し込まない、クロで埋め尽くされています。式が進行している間は小窓はあけはなしにするのが通例なのです。それなのに小窓は開いていません。ということは、式が行われていないのか、あるいは、今日に限って、これから小窓をひらく機会があるのか。わたしは自分が死んでいることを悟りました。
 やがて、読経がやむと、わずかな振動とともにシンとして、わたしは再び心地よい気を取り戻します。しかし、わたしは死んでいなかったのです。棺桶を内側から滅多矢鱈、手足で叩くのです。ようやく、木の板が消え去ると、今度は、体の下にある、格子状に組まれた、金属製の枠を叩きます。乗っている人を振り落とそうと、上下に激しく体を揺さぶる馬のようでした。
 わたしは棺桶に入るのをやめました。そうしたくてもできなかったのです。毎日、天井を見て暮らしました。
 たびたび黒いものがわたしの体に近寄ってきます。それは人というには大きすぎるようでした。昼夜構わず、部屋に誰かほかの人がいようとも、近寄ってきては何をするでもなく消えるのです。
 こんどは、白いものが近寄ってきました。そのものは、私の体を軽々とアメンボが水面を滑るように運ぶと、頭を執拗にまさぐりはじめます。くすぐられるようで笑いをこらえきれません。そうしてわたしがこらえているあいだも、唱えるように囁きかけてきます。感情のこもっていない切れ切れとした言葉をポツポツと。
 「アメス・・・ピ・・・アセンメ・・・ガッネドトレー・・・アンカセンシメセ・・・ンガ・・・トウネコヘル・・・ピンセカト」
作品名:相談屋 作家名:吾唯足知