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相談屋

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 「そんなことはないよ。哲学は簡単だよ。『人生とは何か?』を考えるだけなんだから。およそ誰でも哲学をやっているようなもんだよ。哲学的なことを考えてるんだという意識は無いだろうけどね」
 頭が拒否反応を起こしそうだったが、努めて冷静に答えることにした。
 「それは、ちょっと省略しすぎじゃないのか」
 「単純に哲学する事と、学問における哲学は分けて考えた方がいい。学問としての哲学は『人生とは何か?』という問いから派生していったもので体系的にまとめられ、知っている方が哲学をするうえで参考にはなるだろう。しかし、知らなくても哲学はできる」
 誰もが哲学をしているというのは理解できた。人は悩みを抱え、考え込んだ時には、哲学的な問いを自然としてしまうものだ。しかし、「人生とは何か?」を考える事が哲学なのだろうか。哲学者達の過去の功績(といっても具体的には知らないが)はどうなるのだ。 「でも、哲学には色々な理論があるんじゃないか」
 「過去の哲学や他人の哲学は大して役には立たないよ。まったく役に立たないと言うと語弊があるけど、まあ哲学は自分で創るのが一番だね。『哲学』という言葉は古代ギリシアでは学問一般を指す言葉として使われていたんだが、その後学問が多様化するなかで、哲学は独立した一つの学問として捉えられるようになっていったわけだ。宇宙には何があるのか?なぜ円周率は果てしないのか?なぜ人の心理は定まらないのか?なぜ言語は多様なのか?・・・学問は問うことと答えることで成り立っているからね、正にそれは哲学的フィールドなんだよ。哲学を自分で創り上げることは、考える力を養うことにつながるから、君もやってみるといい。と、言っても既
にやってるだろうから、もう少し掘り下げて考えればいいだけのことだ」
 過去の哲学がバッサリ切り捨てられて唖然としたが、確かに一般の人間が、カントやニーチェの哲学を知っていても、教養にはなるだろうが実用的ではない気はする。哲学には学問的哲学と一般的哲学があるということか。しかし、自分で創った方がよい哲学ができるものなのだろうかと思った。
 考えている間にも、相談屋は喋り続けていた。
 「まあとにかく哲学者ってゆうのは、悪く言えばひねって考えすぎなんだよ。自分の思考を学問的に説明づけようとして深みにはまるパターンが多くてね。そもそも人間の思考は、矛盾を抱えながら生きているのが普通なんだよ。左と右の脳に別の人格が存在しているようにね。説明しようとすると、矛盾があることに気付いて自己嫌悪になるのがオチだ。それでも哲学者は真面目だから、考え続けてしまうんだろうけどね」
 「君は哲学が嫌いなのか?」
 「好きだよ。今から考えれば、過去の哲学は役に立たないと思ってしまうけど、その当時に生きていたら、哲学者の言う言葉に真剣に耳を傾けて、感心していたかもしれない。今に比べて昔の方が、哲学者の地位は高かっただろう、それが、時代が進むにつれて人々は科学の持つ重要性に気付き、それに伴い哲学者のもつ権威は、徐々に落ちていったわけだ。今は哲学が盛んな時代ではないが、決して哲学をおろそかにすべきでは無いと思うね。哲学はすべての学問の基礎になっていると思うんだよ。物が少ないと自然と考える時間が増えていく、思考が外のものに向かうことが少なくなる。今は物が溢れて豊かだろう、それだけ思考が外に向かうことが多くなってるんだよ。でも、哲学は物が多かろうと少なかろうと人間にはつきものだ。哲学は別名、思考学とも言う。思考が無くなったら人間じゃないね。人型のロボットみたいなもんだ」
 自分が必死に言葉を探すより早く、相談屋は講義を再開した。
 「例えば極端にいうと、人間が完璧な科学を手に入れたとしよう。SFで『人間に脳と指一本しかなくなった時』と表現される、科学の終焉を迎えた時、おそらく学問は必要なくなるだろう。が、一つ生き残る学問がある。それは哲学だ。『わたしは全てを知っている。しかし、知らないことがある。全ての外側に、何が有るのか?ということだ』。今の時代に生きていたって、全てを知るのは簡単なことだ。要は垣根を作ってしまえばいい。『自分が知っていることが全てだ』と思い込んでしまえば、それで全てだろう。実際、自分は何でも知っていると思っている人はいる。しかし、それでも『全て』の外側が依然として有ることになる。その時、人間は自分より上位にある存在を感じる。いわゆる『神』というやつだ。哲学と宗教は近い関係にあるといえる。思考がある以上哲学は亡くならない。哲学は人間の『性』みたいなもんだね。哲学があるから人間なのさ」
 話を聞いているうちになんとなく納得していったが、自分は哲学の授業を受けにきたわけではない。哲学など関係ない。
 相談屋に何か怪しい雰囲気を感じた。こうやって話の主導権を握り、そして・・・どうするんだろう。目的があるのだろうと思ったが、何が目的かはわからない。ひょっとすると宗教的な勧誘かもしれない。
 とにかく変な男だと思った。見た目通りの、常識的な話し方をする割には、辛辣なことを言ったり、あまりに断定的な発言をしたりする。それらの言葉が、彼の非常に独創的な考え方や発想によってなされているのであろうことは、よく分かった。本人にとっては、当たり前のことを、言っているつもりなのかもしれない。
 なぜ、哲学の話になったんだ。
 ひょっとして今の話は、相談屋と哲学は重要な関係があることを、暗に示したかったんだろうか。これから、その説明が彼の方からあるのかと思って身構えたが、男は寝転がったままで、それ以上喋る様子はなかった。
 駄目だ。どうもこの男は、まだ何か隠していることがあるような感じがするし、いんちき臭い印象が拭えない。
 相談屋は突然飛び起きると机の引き出しから二十センチ四方ぐらいの鏡を取り出した。それを机の上に立てて、鏡面をこちらに向けると私の顔が映る。
 「ひとつ哲学的な問題をだしてあげよう。さて、鏡の中のあなたと鏡の中にいないあなた。どちらが本当のあなたでしょうか?」
 「もちろん鏡の中にいないほうだ」
 「残念。正解はどちらもあなたではない。鏡の中にいるのは虚像だからあなたではない。実体はそこにいるあなただが、あなたは自分の存在があることを鏡を見たからといって確信できない。デカルトは『我思う故に我あり』といったがそれは自分の存在を証明しているにすぎない。実体が存在していることを証明できないのだ」
 詭弁だ。この男は何が言いたいんだ。
 「私の実体はちゃんと鏡の中に映っているじゃないか。それで十分だろう」
 「なぜあなたは鏡に映っているものを信用できるんですか?単なる光の反射じゃないですか」
 「しかし、あなただって私の実体がここにあるからこうして会話できるのじゃないですか?」
 「もちろんよく見えていますよ。しかし、私の眼から見えるだけであって、あなたには見えていない」
 埒があかない。科学的な証明と同じで前提を否定されてしまってはどんなものも不安定にならざるをえないのだ。何とか相談屋の天狗になった鼻をへし折りたい。
「君の考える絶対的な哲学とは何だい?」
作品名:相談屋 作家名:吾唯足知