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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 その言葉通り、魔法陣からは際限なく悪魔が噴き出している。儀式は中断されたが、半端に開いた“地獄の門”の内側から悪魔達が溢れ出て、無理矢理“門”を開こうとしているのだ。マリークレージュの時よりは緩慢だが、生み出された悪魔は岩を突き抜け、外へと向かっている。このままではスミルナ市民達が悪魔の脅威にさらされてしまう。
「これ、地上も相当ヤバいことになってますわね・・・・・・」
「だろうな。だが、人の心配をしている余裕はなさそうだ」
 渦巻く黒い靄を見て、キーネスはそう呟いた。これだけの数の悪魔がすぐ近くにいるのだ。“憑依体質(ヴァス)”でなくとも無事でいられる保証はない。このままでは危険だ。一刻も早く召喚を止め、リゼとシリルを救い出さなければ――
 するとその時、地底湖の中から閃光が迸った。プリズムを帯びた陽光のような光。それは中心からやや外れた位置から立ち上り、魔法陣と地底湖の暗闇を斬り裂いていく。光に触れた魔物と悪魔は、断末魔の叫びを上げながら蒸発した。
 やがて閃光が消え失せた瞬間、破られた魔法陣から何かが勢いよく飛び出した。シャボン玉のようなそれは子供の背丈ほどの大きさで、表面には風がぐるぐると渦巻いている。球体は人の背丈の倍ほどの高さまで浮かび上がり、勢いを失ってゆっくりと浮遊した。
「シリル!」
 球体に包まれている人物を見て、ゼノがそう叫んだ。淡く光る球体の中で、胎児のように身体を丸めたシリルが横たわっている。ゼノが球体の真下に駆け寄ると、それはシャボン玉のように弾け、シリルの身体は自由落下した。
 魔法陣の上に投げ出される前に、ゼノはシリルを受け止めた。シリルは気を失っているのか、ぐったりとしたまま動かない。しかし悪魔召喚の呪文を唱えることも、衝撃波を操ることもない。シリルに纏わりついていた黒い靄はすっかりなくなっていた。シリルに悪魔は憑いていない。リゼだ。湖の中に引きずり込まれていたというのに、リゼは悪魔祓いの術でシリルの悪魔を祓い、そのうえ湖の外へ逃がしたのだ。
「リゼ!」
 アルベルトはそう叫ぶと、地底湖の中に空いた黒い闇を凝視した。リゼはシリルを助けた。だが、リゼ自身はいまだ湖の中。外に出てくる様子はない。シリルを逃がして力を使い果たしたのか、それとも悪魔に捕まっているのだろうか――
「魔女め! 小娘を外に出すなど余計なことを!」
 その時、マリウスの怒号が地底湖に響いた。奴にとって予想外の事態だったのか、先程までの余裕な態度はどこへやら、怒りに顔を歪ませている。“地獄の門”から悪魔が湧き出す勢いは少しばかり落ちているものの、十分に激しい。だが、マリウスにしてみるとあれでは満足が行かないらしい。もはやこの地底湖は、人間がいていい空間ではなくなりつつあるのに。
「――ゼノ」
 アルベルトは聖印を取り出すと、ゼノに投げてよこした。聖印は鈍い光を放ちながら弧を描いて、ゼノの手の中に納まる。
「これって・・・・・・」
「それでシリルを守れるはずだ」
 この悪魔だらけの空間で、きちんと悪魔除けとして作用するかは正直自信がない。術を掛け直したからしばらくは持つと信じたいが、上手くいかないかもしれない。だが、他にシリルの身を守る手段はない。
 シリルだけでなく、ティリー達の身を守るためにも。
「皆も、出来るだけ聖印の近くに」
 悪魔祓い師であるアルベルトはともかく、ティリー達には悪魔から身を守る手段がない。心を強く持てばある程度までは大丈夫なものの、この悪魔の群れの中ではそれだけでは足りないだろう。彼女らまで悪魔に取り憑かれたら大変なことになってしまう。
 この分だと、悪魔に蝕まれるよりも悪魔召喚の贄になりかねないことを心配した方がよさそうだが。
「貴様の力など如何ほどのものか! 悪魔堕ちした身で悪魔祓い師の力を使うなど滑稽なことよ!」
 聖印の護りを展開したアルベルトを、マリウスは声高く嘲笑する。その声音には、生贄を取り逃がした苛立ちも含まれているように思えた。
「何が滑稽だよ! おまえだって悪魔祓い師の力を使ってたくせに! ひょっとして負け惜しみか? もう雷落とすぐらいしか出来ないんじゃないか? おまえにはないものをアルベルトが持っているのが羨ましいんだろ!」
 バーカ!と子供のように叫んだのはゼノだった。図星だったのかどうか、マリウスの表情が再び怒りに歪む。
「大体、あんなところに何もしないでいるなんて、正気とは思えませんわね。無能者のくせに余裕ぶっこいている場合なのかしら? 自滅してくれるならありがたいですけど!」
 さらにティリーは厭味ったらしく言って、マリウスを睨む。完全ではないとはいえ魔法陣が起動しているのに、マリウスは何もしていない。身を守る魔法陣の中にいるわけでも、アルベルトのように結界を張っているわけでもない。悪魔が犇めく魔法陣の中心近くで、堂々と立っている。あれではどんな人間でも、身を護る術を持たない者は遅かれ早かれ悪魔に取り憑かれる。そうでなくとも、シリルが悪魔の憑依から解放された今、悪魔召喚の執行者は一応マリウスであるはずだ。悪魔召喚の術者が無事でいられるとは思えない。マリークレージュで悪魔召喚の再現を試みたメリッサも、術者を守る陣の中にいたにも関わらず悪魔に喰われてしまったのに。しかし、
「贄になどなるものか。私はこれから、力を手にするだ」
 どこか恍惚とした表情で語られたその台詞に、アルベルトは凍りついた。
「まさか悪魔憑きになるつもりか!?」
 アルベルトの詰問に、マリウスは口角を吊り上げた。どうやら愚かしいことに本気らしい。そんなこと、下手すると悪魔に肉体を喰われるよりもたちが悪い。悪魔祓い師である彼ならよく知っているはずなのに。悪魔憑きが味わうという、魂を蝕まれる苦しみを。
 それはまさしく“地獄の苦しみ”だという。魂とは形のないものだが、蝕まれるのには苦痛が伴う。それを、ある者は生きたまま無数の小さな蟲に喰われる感覚だと言い、ある者は巨大な手に胴をねじられるような感覚だと言い、ある者は逆に引き伸ばされ引きちぎられるような感覚だと言う。ある者は冷えた鉄を押し当てられるような感覚だと言い、ある者は焼けた鉄を押しつけられるような感覚だと言う。それに、病み衰え、変容していく肉体の痛みも加算される。狂い、時間の感覚すら失せた永遠にも等しい時の中で、想像を絶する苦痛を味わう。それが悪魔憑きの最期。進行が遅いか速いかだけで、そこに例外など存在しない。
 いかに悪魔教徒といえど、この苦しみから逃れることは出来ないはずだ。脱獄してすぐのところで遭遇した悪魔教徒の少年は、悪魔に蝕まれて苦しんでいたのだから。
「・・・・・・悪魔憑きになることで力を得られるのは確かですわ。内海で戦った悪魔教徒は、あれだけ強力な嵐を生み出しながら黒い雷の術を操っていた。どれほど強い魔術師でも、強力な魔術を複数同時に使うことは出来ません。たとえ魔力量上は可能でも、精神が負荷に耐えきれない。でも、悪魔憑きになればそれが出来るほどの力が手に入るみたいですわね」