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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 だからマリウスも悪魔憑きになることで力を得ようと考えた。己の限界以上の力を手に入れるため。悪魔教徒とはいえ多くの命を犠牲にして、スミルナを危険にさらしてまで。
「あの魔女が邪魔してくれたおかげで、この程度の悪魔しか喚び出せん。こやつらは私にふさわしくない。もっと生贄がいる。お前達も、スミルナの人間も、全て悪魔に捧げなければな」
 瞳に狂気を浮かべながらマリウスは喚く。それを見て、キーネスは「狂ってるな」と至極もっともな感想を述べた。そう、狂ってる。“この程度の悪魔”だって? 今湧き出でているこの悪魔達は、マリークレージュの時とは比べ物にならないほど強い。生贄の人数が、贄の持つ力の強さが、あの時とは格段に違うからだろう。それでもマリウスは満足していない。これでもしスミルナ全土が生贄になったとしたら、一体どれほどの悪魔が喚び出されるのだろう? 考えたくもない。そして、仮にも悪魔祓い師が、それも親しくなかったとはいえ知人と言える程度に身近な人間がこんなことをしていることにアルベルトは衝撃を受けるとともに、
「――させるものか」
 それとは別に、心の底から湧き上がってくるものを感じた。どうしようもなく苛立った。これはおそらく、救いをもたらす側の人間が、破滅をもたらしていることへの、怒りだ。
「――! スターレン! 無茶だぞ!」
 魔法陣に向かって飛び出すと、キーネスがそう叫ぶのが聞こえた。だが、引き返す訳にはいかない。肉の筋の上を疾走し、魔法陣の中央へ向かう。飛び交う悪魔を振り払い、渦巻く黒い靄の竜巻に近付くと、マリウスがあざ笑うかのように言った。
「おや、アルベルト・スターレン。自ら生贄になりに来たのか?」
 アルベルトの前に立ちふさがったマリウスは、自身に満ちた表情で槍を構えている。
「間もなく“地獄の門”が完全に開く。邪魔をしないでもらおう」
 魔法陣の中央を見やり、マリウスはそう言った。中心は今や黒い泥のようなものが吹き上げ、血のように赤い光を放ちながら悪魔を吐き出している。地獄の門。マリークレージュで見たものと同じ。いや、あれ以上の力を感じる。それほど生贄の力が強いのか。
「魔女を救いに来たのか。無駄だ。“地獄の門”にのまれて無事な人間などいない」
 リゼを飲み込んだ地獄の門はボコボコと沸騰するように泡を吹き、際限なく悪魔を生み出していく。泥のような闇は濃く、門の奥は恐ろしい程の邪気に満ちている。確かにリゼといえど、この穢れの渦の中で生きていられるのだろうか。ましてや気を失った状態で。
「――いいや」
 生きている。アルベルトはそう確信した。彼女は生きている。そう簡単に悪魔に飲まれたりはしない。だから手遅れになる前に、彼女をここから救い出す。“地獄の門”が口を開ける、暗い湖の中から。
 そう心に決めて、アルベルトは剣を構えた。マリウスが邪魔をするというなら戦うだけだ。悪魔祓い師でも悪魔憑きでもない相手に負けるつもりはない。
 アルベルトの気迫にマリウスは不快そうに眉をひそめると、銀槍を構えた。悪魔祓い師の武具であるそれは、すっかり表面が曇ってしまっている。持ち主の穢れを反映しているのだろう。もうマリウスは閃光すら放てない。自慢の武芸以外はなにもない。気が変わって悪魔を憑依させようとする前に決着をつけなければ。じりじりと間合いを詰めながら、アルベルトは剣を握る手に力を込めた。
 だがその時、突如として後方から何かが飛び出してきた。
「でりゃああああ!」
 気合の入った掛け声と共に飛んできたのは、浮遊する岩塊に乗ったゼノだった。彼は岩ごとマリウスに特攻して、真正面から激突する。突然のことでよけきれなかったマリウスは、岩塊の直撃を喰らって後方に吹っ飛んだ。
「アルベルト! ここはオレ達に任せろ!」
 ぶつかった衝撃でバランスを崩しかけながらもなんとか踏みとどまったゼノが、剣を構えたままそう言った。突然のことアルベルトはあっけにとられていたが、すぐに気を取り直した。
「ゼノ、気持ちはありがたいが聖印の近くにいないと危険――」
「おまえに任せきりで安全圏になんていてられねえっての! 短時間なら大丈夫だろ。・・・・・・多分な!」
 その自信はどこからやってくるのか分からないが、ゼノはやる気満々でマリウスと対峙している。止めても聞かなさそうなその様子にアルベルトは苦笑しつつも、とてもありがたかった。
「――助かる」
 そう言うと、アルベルトは祈りを唱え始めた。文言を紡ぐうちに、構えた騎士の剣が白く輝き始める。聖なる力の気配に、周囲の悪魔はさっと逃げていく。そして祈りの完成とともに、アルベルトは剣を足元に振り下ろした。
 祈りの聖なる力で魔法陣の一部が吹き飛んだ。水面が露出し、黒く濁った水が波紋を作る。マリウスが驚いたように何か叫んだが無視し、人ひとりが通るには十分なその穴に、アルベルトはためらいなく身を躍らせた。
 身を切るような冷たい水を掻き分けて潜水すると、地底湖の中は大量の悪魔が揺蕩っていた。
 水よりも、悪魔の方が多いかもしれない。そう錯覚するほど悪魔に満ちている。赤ん坊のような顔。鉤爪のついた前足。魚のような尾。一体一体は小さく、地底湖を忙しなく泳ぎ回っている。悪魔は水を掻き分けるたびに纏わりついてきたが、アルベルトは構わず潜水を続けた。
 ――ドウ・・・・・・テソ・・・・・・コトシ・・・・・・ノ? ヤク・・・・・・ニ。
 耳元で悪魔が何か叫んでいる。切れ切れな甲高い声で、内容はよく聞き取れない。だが聞き取る必要もない。悪魔の甘言に耳を傾けている暇はない。ロザリオを握りしめて心の中で祈りを唱えると、悪魔達は弾かれて身体から離れていった。邪魔物がいなくなり身軽になった隙に、より深いところまで潜っていく。大量の悪魔のせいで前はロクに見えない。けれど、彼女の居場所は分かる。アルベルトの眼はこの悪魔の大群の中で輝く、太陽のような光を捉えていた。
 見つけた。
 光を頼りに潜水した先で、リゼは身動き一つせずゆっくりと漂っていた。幸いにも、彼女がいるのはまだ“門”の手前のあたりで、飲まれてはいない。しかし身体にはびっしりと悪魔が纏わりついて、逃がさないよう拘束しているようにも見える。リゼは気を失っているのか悪魔を振り払おうとせず、アルベルトが近寄っても何の反応も示さなかった。
 アルベルトは剣を抜くと、そこに祈りの力を込めた。まずはリゼに纏わりついているこの悪魔達を祓わなければならない。刀身が淡く輝き、周囲の悪魔が逃げるように離れていく。そして祈りを込めた剣を一閃させ、リゼに纏わりついていた悪魔を一気に断ち切った。白い光の軌跡は黒を斬り裂き、千々に砕いていく。靄が消え、悪魔の戒めから解放されたリゼの身体は、ふわりと浮きあがった。
 アルベルトはリゼを抱えると、水を蹴って水面へむかった。纏わりついてくる悪魔は祈りで浄化し、道を開きながら水面へ浮上する。湖底へ引きずり込もうとする悪魔を何度も振り払い、ほどなくしてアルベルトは水中から脱した。